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101回目の投獄

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 騎士団の方々に連行された私は、縄で両手を縛られ馬車に乗せられた。
 馬車の窓には、見慣れた私の顔がうつっている。

 今日は王立学園の卒業式だった。式典に参加するために、私はおめかしをしている。
 今日のドレスは深い青色だ。グレン様の瞳の色に合わせている。

 真っ直ぐな黒髪には、金色の花飾りをつけている。これもグレン様の髪の色である。
 私は窓に映った自分の顔を見ながら、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

(確かにユーナさんの方が可愛いけれど、私もまぁ、そこそこ美人よね)

 長い睫に縁取られた深紅の瞳が、窓から私を見つめている。
 黒髪に、深紅の瞳。
 繰り返している最中の私は、自分の容姿に自信が無かった。

 というのも、この国では黒髪と深紅の瞳は不吉の象徴と言われているからだ。
 ――烏。
 この色合いを持って生まれてしまった子供は、しばしばそう呼ばれる。

 ウィレット王国では基本的に金髪か、それに近い髪色が普通だから、黒髪なんて滅多にいないのよね。
 まぁ、百一回目の今となっては、繰り返しすぎて嫌われることに慣れてしまったからか、それが何って感じだけど。
 私は馬車にゆられながら、ふう、と溜息をついた。

(移動が遅い。正直飽きたわね)

 気を抜くと、苛々と貧乏揺すりしたくなってしまうわよ。
 この光景、何度目よ。馬車に揺られながら見る景色、見覚えありすぎてつらい。つまらない。馬車が遅い。
 私は暇だったので、王立学園時代の記憶を反芻してみる。

 三年間通った王立学園での私の立場、そんなに良くなかったのよね。
 でも何故か、記憶を取り戻す前の私、卒業式で自分が断罪されるなんてこれっぽっちも思っていなかった。

 馬鹿なのかもしれない。自分自身のことだけど、もしかしたらかなりのお馬鹿さんなのかもしれない。
 状況を客観的に見れば分かりそうなものなのだけれど。
 何度も溜息をつきながら、苛々と揺れそうになる体を押さえつけていると、ゆっくりと馬車が止まった。

 私は王都にある王立学園とは少し離れた場所、王都の中央にあるお城に連れて行かれると、牢屋に入れられた。
 とっても苛々した。できれば全力ダッシュで牢屋に入りたかった。
 だって、牢屋に入れられることはわかりきっているもの。

「ここで私が入る牢屋が、貴人用の牢屋じゃなくてちゃんとした地下牢ってところに、グレン様の本気を感じるわね」

 私はじめじめしていてかび臭くて暗くて狭い、石造りの牢屋に押し込まれて、鉄格子に鍵をかけられた。
 きょろきょろと百一回目の狭い牢屋の景色を見渡して、私は小さな声で呟く。

「当然だろう! お前は罪人だ! 人殺しのな!」

 鉄格子の向こう側にいるランス様が、大声で怒鳴った。
 そんなに大きな声を出さなくても聞こえるので、ちょっと落ち着いて欲しいわよね。
 次期騎士団長になる予定のランス様は、騎士らしくとても体格が良い。

 体格の良い体に、白を基調に赤い竜の描かれたウィレット騎士団の服を着ている。
 意志の強そうな鳶色の瞳に、金の巻き毛。

 華やかさもあり体格も良いランス様は、ユーナさんのことが結構好きなのだろうと思う。
 というか、グレン様の側近の男性達は、基本的にユーナさんのことが結構好きなのだろうと思う。
 だから私怨メラメラで、私を睨んでいるのだろう。

(この会話、何度目よ)

 百一回目である。
 そこで私は閃いた。

 この展開は、びっくりするほど記憶にある。
 牢屋に入れられ、ランス様にひとしきり罵倒されて、大変お怒りになったランス様が牢屋の中までで入ってきて、私に殴る蹴るの暴行を加えるのである。

 かよわい女子に暴行を加えるとか騎士としてどうなの? 最低じゃないのかしらって思うけど、仕方ない。だってランス様はユーナさんが好きだから。
 ユーナさんを殺そうとした私は、世界の敵。悪は滅びろ、といったところなのだろう。

 繰り返していることに気づいていなかった、いつでも暴行に新鮮さを感じられていた私は、怯えながらいたぶられて泣きじゃくるのだけれど、そこに助けがくる。
 そう――私を唯一、助けてくれたひとがいる。

(この暴行……なんていえば良いのかしら、イベント……そう、暴行イベントを速攻で終わらせれば、レイン様と会えるのではないかしら……!)

 繰り返していた私はちょっと愚鈍なお馬鹿さんだったけれど、今の私には百人分の繰り返した記憶がある。
 ちなみに百一回目は今だ。
 天才的な閃きで、私はランス様の怒りを増長させるため、ランス様を煽っていくスタイルを貫くことにした。

「聞いているのか、ロザリア! 人殺しの悪魔め! やはり烏は烏なのだな!」

「まるで野良犬のように吠えて、やかましいですね。実らない恋の苛立ちを私にぶつけないでくれますか? ランス様はユーナさんが好きだったのでしょう、残念ですね、ユーナさんはこれで晴れて、グレン様のものです」

 私ははきはきと、大きな声で、ランス様の痛いところを突きまくった。
 ほら、怒りなさい。

 怒って牢屋に押し入ってきなさい。
 この会話自体がもの凄く無駄なので、端折りたいのよ私は。だって何回も同じような罵倒を聞かされているのよ、こっちは。飽きたのよ。

「ロザリア、貴様! 俺のグレン様への忠誠を愚弄するつもりか! この悪女が!」

 代わり映えのない罵倒をしながら、ランス様が牢屋の鍵をあけてずかずかと中に入ってくる。
 他の兵士はいない。
 ランス様が自分が私を見張ると言って追い出したからである。

 つまり止めるものは誰も居ないので、ランス様の好き放題というわけだ。
 ランス様は私の長い髪を無造作に掴んで、持ち上げた。

 髪がぶちぶちと切れる。
 うん、痛いわね。

 髪を引っ張られて体を持ち上げられると、結構痛い。
 まぁ、仕方ないのよ。だってこれも決まり事なのだし。

「嫉妬に狂った男ほど、見苦しいものはないわね。せいぜい私をいたぶって、憂さ晴らしでもしたらどう?」

 私はランス様を嘲った。
 別に、ランス様のことはどうとも思っていないけれど、暴行イベントを手早くクリアするためなのよ。

 ごめんね、ランス様。生真面目で熱血漢のランス様は、煽りに弱い。
 これは結構騎士の方々全般的にそうなので、ランス様だけが特別熱血馬鹿というわけでもない。

「貴様、自分自身が何をしたか分かっているのか!」

 普段結構大人しめの私が口答えしてきたことに、ランス様は少し驚いたようだった。
 けれど見開いた瞳に激しい怒りが灯る。

 いままでの繰り返しでは、私はずっと「何かの間違いです」「私は何もしていません」と主張して、押し問答になり、私のことを嘘つきだと怒って、ランス様は暴力をふるったものだけれど、今回は違う。
 まぁ、多少の違いは大丈夫だろう。

 結果は同じなのだから。
 私は最速で暴行イベントに突入した。

 ランス様が私の腹を蹴り上げて、息が詰まる。
 一撃目はお腹。床に倒れた私の服の胸ぐらを掴み引きずり上げて、ランス様は拳を握りしめている。

 怒りに瞳孔が収縮している。
 正義のために怒れる人は、どこまでも残酷になれる。
 私は身を持って、それを知っている。

 拳が振り下ろされて、顔が殴られた。
 頭の奥が痺れるような痛みが、全身に走る。

 何回経験しても、痛い。
 痛いけれど――

「……失せろ、木偶が」

 涼やかな声が、耳元で聞こえた。
 背後から私を支える力強い腕がある。

 ランス様はふつりと意識を失ったようにして、私から手を離した。
 それからふらふらと牢屋の外へと歩いて行って、そこでどさりと床に倒れ込んだ。

「レイン様!」

 思わず高らかに名前を呼んでしまった。

 ――やっぱり来てくれた。
 今まででたぶん、一番早かった。
 レイン様と最速で出会えた私は、あまりの嬉しさに暴行の痛みなんてふきとんでしまった。

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