40 / 46
月帝神宮の怪 1
しおりを挟む月帝神宮の前に、ハチさんが車を停めた。
月帝神宮には限られた人しか入ることができない。
だからハチさんとシロとクロは留守番なのだと由良様が説明をしてくれる。
神宮という名前の通りに、その建物は広大な広さの社のように見える。
入り口に鳥居があり、狛犬が二匹並んでいる。
『入れ』
『許可をする』
狛犬が私たちに話しかけてくる。由良様は足を止めて、狛犬たちをしばらく眺めていた。
「何か、異変があったか」
由良様の問いかけに、狛犬たちは答えない。由良様は軽く首を振った。
「気のせいか。行こうか、薫子」
私の手を、由良様が握る。石畳の道を抜けて、その先にある石造りの階段をあがる。
月帝神宮には、七鬼様という由良様の直属の上官がいらっしゃるようだ。
先の魍魎の件を、七鬼様に報告に来たのだ。
巫女の家の者は月帝神宮の七鬼様や月帝様にお目通しが叶うけれど、私は月帝神宮に来たのははじめてだった。
ご挨拶をするために、両親と咲子さんは幾度か行っていたはずだ。
そういう時は華やかな着物を着るので、お母様や咲子さんの準備が大変だったことを覚えている。
私も今日は、由良様に用意をしていただいた艶やかな牡丹柄の着物を着ている。
由良様は黒に赤で花と川の描かれた着物だ。
正装というものは特にないそうだが、月帝様の御前であるのでいつもよりも身なりには気をつけるのだと言っていた。
とはいえ、由良様はいつも華やかなお召し物を着ているので、いつもとそう変わりはないような気もした。
「……妙だな」
「どうされました?」
「ーー血の、匂いがする」
由良様が、石段をあがりきったところで、ポツリとつぶやいた。
私は由良様の手をきつく握りしめる。
「血の、匂い……」
私には何も感じられない。
けれど、嫌な予感をひしひしと感じる。
開かれている門扉の奥には暗がりが広がっている。
どこまでも深い深淵への入り口のように思えた。
由良様は足を止めて、訝しげに眉を寄せる。
「月帝神宮には、七鬼様の守護が満ちている。入り口の狛犬も七鬼様の力だ。悪心を持つものや、部外者は立ち入れないようになっている。それは、不可侵の結界のようなもの。ここは、帝都の中でも一番安全な場所なんだ」
「……七鬼様とは、鎮守様と同じなのですよね」
「いや。七鬼様は俺たちとは違い、人ではない。数百年は、生きている。元は、鬼だ。人を食う、悪鬼だった」
「悪鬼が、人になったのですか?」
「過去、時の月帝様に調伏されて、名を与えられて改心したのだと聞いたことがある」
由良様たちはあやかしより力を授けられているが、七鬼様はあやかしそのもの。
そのために、由良様たちよりも格が上。
月帝様を直接守護する立場にある。
月帝様も七鬼様も人ならざる強い力をお持ちになっている。
そのため月帝神宮とは、帝都の要のようなもの。
月帝神宮が悪心あるものの手に落ちるようなことがあれば、帝都は滅びてしまう。
由良様の説明に、私は頷いた。
「だから、きっと気のせいだろう。そう思いたい。だが、もし何かあったとしたら……とても、嫌な予感がする。薫子、ハチの元に戻れ。俺は、中に」
「……由良様。私は巫女です。あなたの傍に」
「だが」
「由良様の御身を癒すのが私の役目です。中に危険があるというのなら、尚更私は、傍にいます」
足手まといかもしれない。けれど、傍にいたい。
私は神癒の巫女だ。由良様と共にあるのが、私の役割。
私がいることで由良様の本来の力を引き出すことができるのなら、危険な場所に赴く時ほど傍にいたほうがいい。
由良様のお母様も、そうであったように。
「分かった。ハチとシキたちは、狛犬がいる限りはここに入ることができない。……あれを倒してしまわない限りは。狛犬たちがいるということは、七鬼様はご無事だということだろうが。ともかく、行こう」
階段を登り切った先の回廊を抜けると、その先には扉がある。
五芒星の描かれた巨大な扉は、由良様が触れると赤く光り、中心から円を描くようにして通路のように穴があいた。
そのさきには、由良様の言っていた通り。
濃い、血の匂いが満ちている。
中庭のような、広間である。
敷石の合間を、玉砂利が埋め尽くしている。朱色の柱が並んでおり、その屋根の下に伸びるいくつかの回廊の先には扉がある。
竹林の手前に、手水がある。小川には金魚が泳いでいる。
神社の前庭のような雰囲気の場所だ。
白い玉砂利が赤く染まっている。
倒れている黒い着物を着た男性たちの上に、巫女服の女性たちが覆いかぶさっている。
その口は、赤い。
赤い口で、赤い洞窟に並んだ尖った小石のような牙がはえた口で、倒れている男性たちの喉元に噛みつこうとしている。
「人喰い……っ」
「薫子、俺の後ろに」
由良様が私の体を、片手で隠した。
私たちの気配に気付いたのか、巫女服の女性たちが一斉に、私を見据える。
射抜くような瞳には、ギラギラと欲が浮かんでいた。
「いい香り」
「美味しそう」
「巫女だわ」
「極上の、巫女の匂い」
女性たちが口々に、そう言った。
私は怖気を覚えながらも、由良様の背中に手を添える。
この方たちは、人だ。
何かに操られているだけの人。
だから、助けてさしあげなくてはいけない──。
75
お気に入りに追加
414
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる