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八十神咲子 4
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翠明を月帝神宮に案内しようと歩いていると、唐突に翠明は足を止めた。
何かを考えるように口元に手を当てて、首を捻る。
「どうしようかな。まぁ、いいか」
「どうされました?」
「いや。こちらの話だよ。気にしないで」
再び歩きはじめる翠明の横を、私は慌てて追いかける。
まるで空に浮かんでいるみたいに、翠明はすいすいと人混みの中でも誰にもぶつからずに、軽々と進んでいく。
それからきょろきょろと周囲を見まわして、一瞬でいなくなってしまった。
慌ててその姿を探していると、アイスキャンディーを売っている露店の前に立っている。
「はい、咲子ちゃん。あげる」
「あ……ありがとうございます」
秋とはいえ、まだ日差しが強く暑い日もある。アイスキャンディーの売り場には子供たちがあつまっていて、必死に母親にアイスキャンディーを強請っているのが小憎らしかった。
私のお母様は、私に何でも買ってくれる。
私のことを大切にしてくれている。
それなのに私は不幸だ。それは浮気者のお父様のせいであり、私の本当のお姉様ではなかった――汚いお父様と男を誘惑するような最低な女から生まれたお姉様のせいだ。
お姉様があることないこと玉藻様にふきこんで、私は鳴神様に嫌われてしまった。
あって話したこともないのに。私ほど優れた神癒の巫女はいないというのに。
「おいしいよ。アイスキャンディー。一緒に来てくれたお礼」
「はい」
私たちは再び歩き出した。翠明は、月帝神宮に何の用事があるのだろう。
私は貰ったアイスキャンディーを口に含む。人工甘味料の甘ったるい味がする。
「咲子ちゃんのお姉さんは、玉藻に嫁いだんだよね?」
「……あんなもの、姉ではありません」
唐突に姉の話が出た。
何故知っているのかと訝しく思い、その話はしたくないと翠明を睨む。
「いや、咲子ちゃんのほうが優れた巫女なのに、どうして玉藻は薫子を選んだのだろうと思ってね」
「何故、名前を?」
「一応、鎮守の神だから。月帝帝都の様子も、常に情報として入ってくるんだよ」
「では、私のことも知っていたのですか?」
「名前だけは。まさか、迷っている時に出会えるなんてね。運命かな」
人好きのする笑みを浮かべながら、翠明が言う。
――そうよね。この方は鎮守の神。
私の力をすぐに分かってくれた。
「私の方が、お姉様よりも優れているとおっしゃいましたね」
「咲子ちゃんの鎮守の力はとても強い。傍にいるだけで、分かるよ。薫子にはまだ会っていないけれどね」
「会う必要などありません。あんな、穢れた血を持つ女など……」
「穢れている?」
「ええ。あれは、お父様とお母様の妹の、不義の子です」
「へぇ、そうなんだ。それはひどいね」
「最低です! それなのに、ずっと家族みたいな顔をして、我が家に寄生をして生きてきたのですから……!」
「そんな女を選ぶなんて、玉藻も馬鹿だね。玉藻家は、弟の由良が継いだんだよね。兄の真白のほうが、優秀だったと聞いているよ。それなのに、玉藻は跡取りとして由良を選んだ」
さくりと、翠明がアイスキャンディーを齧る。
毒々しい赤色のアイスキャンディーの先端が綺麗に齧られるのを、私は見上げた。
「そうなのですね……真白様は、お可哀想に」
出来損ないの弟に、立場を奪われたのだ。
私は、繁華街で出会った由良様の姿を思い出す。
私に――恥をかかせた。
どれほど姿かたちがよかろうと、由良様は姉を選んだ。見る目のない男だ。
出来損ないというのも、頷ける。
「本当にね。帝都守護職や巫女などという制度があるから、ゆがみが生まれるんだ。そんなものはなくても、別にいいのにね」
「どういうことですか……?」
「わからない? 僕たちが、力のない人間を守る必要がどこにあるのだろうという話だよ」
「それは……」
一体、翠明は何の話をしているのだろう。
背筋がぞっとする。帝都守護職は、帝都を守るために存在している。
私たちもまた、帝都を守るために存在している。
それが、人とは違う私たちの誇りだったはずだ。
「僕たちは人間よりもずっと優れているというのにね。人間を守るために、怪異を殺すのはおかしくないだろうか。怪異だって、人が牛や豚を食うように、人を食っているだけなのに。喰われるしか能のない人間は――」
「人間は……」
「――家畜と、同じだよ」
私は、ただの人よりも優れている。
誰よりも、優れている。
それはうまれたときからそうだった。誰よりも可愛く、特別で、皆から愛されている。
それが、私。
私は何をしても許される。全てが私の思うようになるはずだ。そういう風に、この世界はできているのだから。
「ついたね。ありがとう、咲子ちゃん。中まで、一緒に行こうか」
気づけば、私は月帝神宮の前に立っていた。
七鬼様や、月帝様にご挨拶に来たことがある場所だ。
二匹の狛犬が、私たちを睨みつけている。
『許可がないものは通せぬ』
『許可がないものは通さぬ』
「……うるさいよ」
私たちの足元から炎が燃えあがり、月帝神宮への道が閉ざされる。
翠明はその炎に向かい手を伸ばした。
途端に炎は二つに割れて、狛犬たちを包み込む。
「全く、邪魔な犬ころどもだ」
翠明の圧倒的な力の前に、狛犬たちは無力だった。
炎に焼かれて、その体を霧散させる。
私は唖然とその光景を見ていた。
「さぁ、行こうか、咲子ちゃん。今のはちょっとした手違いだよ。今日僕がここにくることを、狛犬たちは知らなかったようだね」
――この先に進んではいけない。
進んだら――とてもおそろしいことが起こる。
あぁでも、それでもいいのではないだろうか。
だって、誰も私を認めない。私を、不幸にするのだ。
可哀想な私は何をしても許される。私を認めない世界なら――壊れてしまえばいい。
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