九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ

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お叱り

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 鳴神様が帰った後、シロとクロが応接室にひょっこりと顔を出した。
 
「お片付けにきました」
「きました!」
「鳴神様は帰りましたよ」
「まったくあの、きゅうき、というやつ。いつも我らを食おうとするのです! あぁ、嫌だ、嫌だ」

 シロが茶器やお皿などをふわふわと浮かせてお盆にあつめて、クロは身震いしながら頭からはえる三角形の耳を両手でおさえた。

「きゅうきは獣の本性が抜けないのです」
「我ら品性のある立派なシキとは違うのです」
「ね、薫子様」
「薫子様はクロたちのほうが可愛いですよね」

 二人にずいっと顔を寄せられて尋ねられたので、私は思わず頷いた。
 シロとクロは顔を見合わせて「ね!」「やっぱり!」と言い合った。

「あれ、由良様。何かご機嫌が悪いですか?」
「鳴神様と喧嘩をしましたか?」
「まさか。鳴神様は真面目が服を着ているような立派なお方ですよ。吠王様や、皆神様とは違います」
「それもそうです」

 やはり、そうなのだろう。
 由良様は、鳴神様がお帰りになってからむっつりと押し黙っている。
 いつも口元に笑みが浮かんでいるけれど、それも消えてしまった。

 秀麗な唇は厳しく引き結ばれて、軽く眉根を寄せている。

「シロ、クロ。退室を。俺は薫子と話がある」
「薫子様を怒らないでください」
「由良様であっても、薫子様をいじめたらいけません」
「いけません」

 クロが私の腕をぎゅっと掴んで、シロが私と由良様の前に腕を腰に当ててすくっと立ちはだかった。

「怒っているわけじゃないよ。話がしたいだけ」
「そうですか……」
「そうなのですね……」

 しぶしぶといった様子で、シロとクロはお皿や茶器を乗せたお盆を手にして、部屋からいなくなった。
 由良様と二人きりになった客間に、一瞬しんと静寂が訪れる。

 私は落ち着かない気持ちで、膝の上の手をぎゅっと握りしめる。

 怒りの感情は、苦手だ。
 八十神家では、私はこういった静寂を敏感に感じて、お父様やお母様、咲子さんに阿るように、愛想笑いを浮かべていた。

 そのあとの罵倒や、暴力の痛みを体が覚えてしまっていて――大丈夫だと自分に言い聞かせても、この瞬間は、怖かった。

「すまない。……そう、怯えた顔をしないでほしい」
「ごめんなさい。私、余計なことを言いましたよね」

 囮に――といったのが、いけなかったのだろう。
 由良様の仕事の内容も、きちんと知っているわけでもないのに。

 由良様は私の手を取ると、軽く引いた。
 隣に座っていた私は、由良様の腕の中に簡単に抱き込まれる。
 
 頭の中では理解している。由良様が私を理不尽に叱ることなどないのだと。
 優しく抱きしめてもらうと少し緊張して、同時に安堵することができる。

「こうしているだけで――俺は君から溢れ出る、神癒の力を感じることができる。けれど、俺から君に渡せるものはなにもない。申し訳なくも、思う」
「……そんな。そんなことは、なにひとつなくて」
「君も同じ気持ちだと、理解している。俺は君に渡せるものがなくて、苦しい。君からは貰ってばかりだ」

 そんなことはないのに。
 それは、私のほうだ。
 私は由良様に助けられている。ずっと、救われているのに。

「家族を失い、信じるものを失い、足元が崩れていくような感覚を味わっていた。まるで、寄る辺のない小舟のように、おぼつかない気持ちだった」
 
 由良様のような立派な方が――と、ふと考えそうになって、私はその思いを打ち消した。
 鳴神様は想い人と立場の間で悩んでいた。
 
 鎮守の神様たちは、人ならざる力を持っているけれど、人間だ。
 皆、同じように悩み、同じように苦しむ。
 きっと特別、なんかじゃない。

「自分の――顔の傷を見るたびに、真白のことが思い出された。何をしたら、どうしたら、あのようなことにならなかったのだろう。俺などうまれてこなければと、何もかもが嫌になる夜も多かった」

「由良様……」

 私は由良様の広い背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめる。
 その気持ちは、よくわかる。
 私も同じだ。
 何かをしているときは忘れていられるけれど、一人の夜は――考えてしまう。

 何のために生まれたのだろう。
 何のために、生きているのだろう。

 ――このまま眠りについて。もう、目が開くことがなければいいのに。
 そんなことを、何度も繰り返し考えていた。

「でも、君が俺の元に来てくれた。傷を癒やしてくれたことは、重要じゃない。不安を抱えて俺の元に来て、勇気をだしてすべて打ち明けてくれた君のその清廉さが、美しさが、俺の心を救った」
「私は、何も……」
「この子は、俺が守らなくてはと思ったんだ。薫子を守ることができるのは、俺しかいない。何もかもを失って、かろうじて生きていたような俺にとって、その強い気持ちは、生きる標となった」
「……由良様は、私にずっと優しくて。強くて、立派で。そんな苦しさを抱えているなんて、気づかなくて。……ごめんなさい」

 ご家族のこと。お兄様のこと。
 全て辛いだろうとは想像していたけれど――。

「女性の前では格好をつけたいと思うぐらいには、俺も低俗な男でね」
「……由良様は、いつでも素敵です」
「ありがとう。俺もそう思う」

 冗談めかしてそう言って、由良様は私の髪を撫でた。
 摺り寄せられる体に、硬いその感触に、胸を締め付けられるような気持ちになる。

「薫子。……俺は君が大切だ。だから、君も君自身を大切にして欲しい」
「……はい」
「俺が君から貰ってばかりで、何も返せないことがつらいと言った時、君は否定をしただろう? それは俺も同じ気持ちなんだ」
「同じ……」
「そう。君は十分なほど俺に与えてくれている。それなのに、役に立とうと頑張ろうとしてくれる。自分の身を危険にさらすことも、ためらわずに。それが、俺にはとても苦しい」

 私は由良様の腕の中で、頷いた。
 役に立ちたい。自分の身など、どうなってもいい。
 この体が役に立つのなら、それで――。

 なんて、由良様が考えていたら、私も苦しい。

「ごめんなさい。……由良様。私は、自分の命に価値などないと、心のどこかでいつも、思っていて。どうしてもその癖が、抜けなくて。間違えた時はまた、叱ってください」
「俺も同じだよ。薫子、俺が感情に飲まれそうになった時。道を違えそうになった時は、叱って欲しい」

 そっと体が離れると、視線が絡み合う。
 美しい深紅の瞳が私の奥底までを見透かすように、私を見つめて。
 それから、優しく唇が重なった。

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