22 / 46
癇癪
しおりを挟む咲子さんは、ご友人たちを引き連れて私の前までやってきた。
シロとクロが警戒心をむき出しにして前に出ようとするのを、私は制した。
咲子さんは私の持っている食材の入ったカゴバッグとシロとクロ、それから私にぶしつけな視線を向ける。
まるで値踏みでもするようにじろじろ見られて、私は八十神家でのことを思い出した。
咲子さんは、私よりも一つ年下だ。お母様に似た色素のやや薄い茶色い髪と、鳶色の瞳をしている。
長い睫毛に、白い肌。可愛らしい見た目をしている――けれど。
一日の内に、一度か二度か、癇癪を起すことがある。
髪型が気に入らないだとか、肌に吹き出物ができたとか、寝つきが悪かったとか。
理由は、色々だけれど。
そんな時は、よく物を投げつけられた。
汁物の入ったお椀や、お魚の乗ったお皿。箸や、スプーン。
何か物にあたるときもあれば、直接私の背中を蹴ったり、叩いたりすることもある。
それは咲子さんが私のことを嫌いだからで――まさか、シロやクロには手出ししないとは思うけれど。
でも、もしも、ということもある。
シロとクロを背後に庇うようにすると、小さな声で「シロはシキですよ」「クロもシキです」と二人が囁いた。
守ろうとしてくれているのだろう。
けれど――これは、私と私の家族の問題だ。
魔性のものに襲われているわけではないのだから、二人に頼るのは間違っている。
私は、由良様の妻になった。
できることは、したい。
玉藻家を玉藻家を由良様と共に、守りたい。
だから、妹におびえているようでは、いけない。
「お姉様! 奇遇ですね、こんなところで会うなんて!」
「咲子さん。女学校の帰りですか?」
「えぇ。お姉様と違って私はきちんと学校に通っていますから。友人も沢山いますし、色々と予定がありますので」
「そうなのですね。それは、楽しそうで何よりです」
咲子さんとは、会話らしい会話を交わしたことがない。
こんなに話しかけられたのははじめてだ。
――私が嫁いだことで、咲子さんの中で何かが変わったのだろうか。
それとも、もしかしたら。ご友人たちの手前、姉として扱おうとしてくれているのかもしれない。
「……軽々しく、私に言葉を返せる立場になったとでも思っているのですか?」
「え……」
僅かに心に芽生えた期待は、すぐに打ち砕かれた。
路傍の石を――いえ、烏に散らかされたごみ置き場のごみを見るような目で、咲子さんは私を睨んだ。
「玉藻様の元に嫁いだからといって、調子に乗らないでくださいます? 玉藻様は、面をかぶりその顔はぐちゃぐちゃなのでしょう。見ましたか、お姉様」
「咲子さん、鎮守様のことをそのように言うのは、許されることではありません」
「顔に怪我を負うような弱い鎮守様など、何の役にも立たないでしょう? 白虎様や犬神様、蛟様にはそのような話、聞きませんもの。醜い顔をした玉藻様と、役立たずの寄生虫であるお姉様はお似合いかと思っていたのですが……」
咲子さんは一歩踏み出すと、私の顔を覗き込むようにした。
「妻として扱われてもいないなんて。噂によれば、玉藻様は女好きだとか。手つきにされた女中もいるらしいですね。玉藻様にはすでにいい仲の女性がいたのでしょう?」
咲子さんの背後にいる女学生たちが「まぁ」「まぁ、けがらわしい」「嫌だわ」と言いながら、くすくす笑い出した。
ここは――帝都の中でも玉藻家が守っている地区である。
東西南北に別れた帝都の、西側。
ここに住む人々は、玉藻様に敬意を払っているはずだけれど――。
女学校の生徒たちは、西地区以外の各地からも多く通っている。
そのため、その敬意も薄いのだろうか。
それにしても、なんてひどいことを言うのだろう。
その噂はおそらく、由良様ではなく、真白さんのものだ。
真偽の確かではない噂を声高に吹聴して笑うというのは――おかしいのではないか。
胸に、疑問が浮かぶ。
今までの私ならば、そんなことは考えなかった。
愛想笑いを浮かべながら、ただひたすらに頷いていた。
でも、今は違う。
「由良様はそんな方ではありません。優しく、真っ直ぐな方です。咲子さん、私のことはなんと言おうと構いませんが、由良様のことを悪く言うのはやめてください」
「口答えをするの? 寄生虫の分際で?」
「……咲子さん。私はもう、八十神家の召使いではありません」
「あはは! 何を言っているの? 同じじゃない。どこにいっても、お姉様は同じ。買い物をさせられているなんて、お姉様は玉藻家でも女中扱いをされているのだわ!」
「違います……!」
「否定しても無駄よ、これがその証拠じゃない」
「やめてください!」
咲子さんは、私の持っているカゴバッグを掴むと、道端に叩きつける。
こんな――往来でそこまでするとは思わずに、簡単にカゴバッグを奪われてしまった。
中身が往来にぶちまけられて、商店街を行きかう人々が、何事かと周囲に集まりはじめた。
「咲子さん、もう、やめてください。こんなことをして、一体何になるのですか……?」
「黙りなさい! この私に歯向かうなんて、身の程を知りなさい……!」
思わず声を張り上げると、咲子さんの手が振り上げられる。
叩かれるのだと理解した瞬間、シロとクロが私の背後から飛び出そうとする。
私は両手を広げて二人を止めた。
二人の力がどれほどのものかは分からないが、咲子さんはただの人間だ。
神癒の力があるだけの、十七歳の少女である。
シロとクロが咲子さんに危害を加えるのは、いけない。
私なら大丈夫。頬を叩かれることぐらい、慣れている。
だから――。
「……っ」
咲子さんの手が、振り下ろされることはなかった。
いつの間にか、その腕を背後から、由良様が掴んでいた。
120
お気に入りに追加
414
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる