九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
9 / 46

由良様の素顔

しおりを挟む


 鎮守様たちが帰ったあと、由良様は私の手を優しく取って立たせてくれた。

「薫子、足は痺れなかっただろうか」
「大丈夫です。由良様、申し訳ありません。私、ご挨拶もままならなくて」
「大丈夫だ。気にする必要はない。君の緊張ぐらい、皆に伝わっている。見た目は怖いだろうが、悪い者たちではない」
「はい。皆様、とても気さくで、仲がよさそうでした」
「そう見えたか?」
「違うのでしょうか」

「いや、どうだろうな。ともに仕事をすることもあるが、個人的に親しいというわけでもない。嫌いでもなければ、好きでもない。ただ、付き合いは長い。同胞であり、同僚だな」
「そうなのですね」

 由良様は私の手を引いて、広間を出て長い廊下を歩いていく。
 廊下の左右に並ぶ襖には、金魚が泳いでいる。
 波紋と赤い金魚の絵の描かれた襖も並ぶ廊下を歩くのは、これがはじめてだった。

 白い足袋が、廊下を歩く私の足音を吸い込んでくれている。由良様は音もなく歩いている。
 ひらひらと、由良様の着物や赤い耳飾りが揺れるのを、手を引かれて歩きながら眺める。
 由良様は、どこに向かっているのだろう。

「薫子、身を清めたら、初夜となる。……だが、その姿の君は美しい。もう少し見ていたい」
「……っ、……はい」

 私は俯いて、蚊の鳴くような小さな声で返事をした。
 夫婦になるのだと分かっていても、心が落ち着かない。
 本当に私でいいのだろうかと、まだ、心のどこかで思っている。
 由良様の言葉を疑うわけではないけれど、私が由良様の妻になれるということが、いまだに信じられないでいる。

「こちらに」

 いつの間にか現れたシロとクロが、正面にある襖を開いた。
 その先には、二間続きの広い部屋がある。四角い行燈には青い炎が灯っていて、四角い座卓にはお茶とお酒が用意されている。
 続きの間には一人ようにしては大きな布団が一組敷かれていて、床の間には花が飾られている。
 掛け軸にも、赤々とした金魚が泳いでいた。
 開け放たれた障子の先に、庭がある。
 庭には白い玉砂利と飛石が敷かれて、藍色の紫陽花が咲いている。それから、橋のかかった池がある。
 池の水は青く美しい色をしていて、昨日と同じように晴れた空から降る天気雨が、池の水面にいくつもの円を描いている。

 私たちが中に入ると、襖が閉じられる。
 由良様は私を連れて縁側に座った。
 私たちは、昨日と同じように並んで庭を見ている。
 由良様が軽く縁側に触れると、盆に乗った盃に入った酒と、湯呑みに入ったお茶が現れる。

 それから、小皿に水を丸めて中に青いものを入れたような、お菓子が乗っている。

「薫子。それは、水まんじゅう。君が昨日美味しいと言っていたと伝えたら、ハチが食べきれないぐらいに買ってきた。祝いの席で水まんじゅうというのは、俺にはいいのか悪いのかよくわからないが」

「昨日の羊羹も可愛らしかったですが、今日の水まんじゅうも空色で可愛いですね」

「ソーダ味だと。君も、ソーダ味が好きなのだと思われてしまった」
「好きです。多分、……少し、変わった味ですが、美味しかったです」
「生クリームが入っていて、生クリームソーダ味だと言っていたな。食べるか?」
「はい」

 由良様が私の口元に、水まんじゅうをフォークで刺して持ってくるので、私は素直に口を開けた。
 甘くて爽やかで、牛乳に似たまろやかな味が口に広がって、私は口元を手で押さえる。

「美味しいです、とても」
「そうか。それはよかった。祝いの席では、あまり飲み食いができないものだろう? 薫子は、ずっと俺の隣で固くなっていたから、心配だった」

 私の口元を指で拭いながら、由良様は言う。
 水まんじゅうを一つ食べ終えるまで、由良様は私の口に水まんじゅうを運んで、私は運ばれるままに口に入れて咀嚼して飲み込んだ。
 そうしていると、恥ずかしいけれど少し緊張がほぐれる気がした。

「薫子、少し、俺の話をしよう」
「はい」
「先程、白蘭が言っていただろう。俺の顔に傷をつけたのは、俺の兄だと」
「はい。お聞きしました」
「帝都というのは、昔から怨念が集まりやすい場所だった。怨念や死霊が形となり、人に害をなす。そういったもののけどもを古きより討伐していたのが、俺たちが務めている帝都守護職。俺たちの主人、今は上司と呼ぶが、上司は、帝に仕えている鬼の一族、七鬼ななき様だ」

「私、詳しいことをあまり知らなくて。申し訳ありません」
「謝罪の必要はない。ただ、知っていてほしいことが一つある。玉藻家は、七鬼様に、そして帝に仕えている。玉藻の、九尾の力を色濃く継いだものが、当主となるしきたりだ。だが、俺の兄はそれが許せなかった」

 私は小さく頷いた。
 由良様の口振りでは、お兄様という方は私のように、先に生まれたものの力を持たないか、力が弱かったのだろう。

「少し前だ、兄は俺が家を継ぐのは認められないとこの家で暴れて、出奔した。兄を放っておけば玉藻家の恥となる。両親は使用人たちを引き連れて兄を討伐に行ったが、帰ってこなかった」
「そんな……」
「俺はその時、駄々をこねていてな。兄とは戦いたくないと。だが、それも限界がきて、兄の元へ向かった。なんとか兄を捕まえて七鬼様に引き渡すことはできたのだが、その時に、火傷を負ってしまって」

 由良様はそこで言葉を区切る。
 それからしばらくの沈黙の後、狐の面に指をかけた。

「あまり、見られたい顔ではない。だが、薫子。君には見てもらいたい」
「由良様……」

 狐面を外した由良様の顔には、顔の中央を斜めに引き裂くようにして、大きなひきつれの跡が残っていた。


 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...