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目には見えないもの 1
しおりを挟む寝衣の首にナイフが当てられて、ビッと、布が切り裂かれる音と共に足元まで縦に切り裂かれる。
ナイフの切っ先が肌を浅く切ったのか、腹のあたりにあたたかいものが流れ落ちる感覚と共に、ズキズキとした痛みが襲ってくる。
クリストファーはナイフを私の顔の横に突き立てると、腹部に唇を這わせた。
ぬるりとしたものが皮膚を這い、がたがたと体が、まるで高熱が出る前の時のように震えはじめる。
「手が、滑ってしまった。ごめんね、リーシャ。でも、いいよね。君は体に傷を作るのが得意なんだから。これぐらい、気にしないよね」
「……大丈夫、よ。大丈夫」
「そうだね、リーシャは大丈夫。何をされても、俺のことを好きでいてくれる。何が起っても、君は俺が好き」
切り裂かれた服を強引にむしり取られて、床に投げ捨てられる。
反射的に抵抗しそうになり、私は奥歯を噛んだ。
余計な刺激をするのは得策じゃない。何をされるか分からない。
顔の横に刺さるナイフが鈍く光っている。このナイフを引き抜いて、クリストファーに抵抗をしてこの場から逃げる――?
駄目だ。教会の外には男たちがいる。すぐに捕まってしまうだろう。
逃げられない。
なんとかクリストファーを説得して、ベルガモルト家への襲撃をやめさせなければ。
今のベルガモルト家には、たぶん、兵力がない。
兵力を増強するほどの資金がない。家を立て直しはじめたばかりだからだ。
ベルガモルトの家をよく知るクリストファーなら、襲撃は成功してしまう。
今度はきっと、多くの血が流れる。
ベルガモルト公爵夫妻に拒絶されたら、クリストファーはシルキーさんを殺したように、お二人も――。
そんなことはさせない。メルアの新しい居場所だ。奪わせたりしない。
メルアを、傷つけさせない。
「この傷は残ってしまうかな、リーシャ。でも、俺は構わないよ。傷があろうが、手足がなかろうが、俺はリーシャを離したりしない。リーシャは俺の大切な幼馴染みだ。二人でよく遊んだよね。君は俺の手をひいてくれた。いつも」
乱暴に婚礼着を着せられる。女性に服を着せたことなどないのだろう。
その手つきは粗雑で、着せられたというよりも体にへばりついているだけのようだった。
ドレスのそこここがビリビリと破けたけれど、クリストファーは気にした様子もなく私の頬を私の血に濡れた手で撫でる。
「俺を導いてよ、リーシャ。一人にしないで。俺を捨てないで。傍にいて」
幼い頃のような口調で、クリストファーは言う。
「たすけて、リーシャ」
「……クリス」
泣き出しそうになってしまう。メルアの両親を殺して、シルキーさんを殺して。
私の家族に酷いことをしようとしたのに。
大人しくて気が弱くて、引っ込み思案だった幼いクリストファーとその姿が重なって見える。
今なら私の言葉が届くだろうか。
こんなことは間違っていると――。
「クリス、一緒に逃げましょう、クリス。どこか遠いところに。ベルガモルト家に戻らずに、誰とも戦わずに。私があなたと一緒にいる。どんな場所でも、やり直せる。もう誰も傷つけないで」
「俺は誰も傷つけていない。邪魔なものを排除しただけだ。リーシャ、嘘つき」
「嘘なんてついていないわ、信じて!」
「俺は戦って居場所を取り戻しているだけだ。この国での、俺の居場所を。誰とも戦うな? どこかに逃げよう? リーシャはゼフィラスを守ろうとしているのか。俺を、裏切って」
「そんなことはないわ! 私が愛しているのはあなただけよ、クリス。昔からずっと好きだった。野原で一緒に花を摘んだわよね? 花冠を一緒に作ったわね。あの時は楽しかった……今も、私は変わらない。あなたを愛してる!」
嘘だ。全部嘘。
私はあなたが怖い。
怖い。怖くて――可哀想。
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