上 下
139 / 162

それもあれも、これも、お手伝いが必要のようです

しおりを挟む

 食事を食べさせてもらうと、口をナプキンで拭われる。
 まるで小さな頃に戻ったみたいだ。
 お母様に、お菓子を食べて汚れた口を拭いてもらったことがあったような気がする。
 
 上にゼリー状のソースののっているクッキーは齧るとどうしても唇が赤くなってしまうのだったわね。
 今の私は子供じゃないけれど──いつまで、これが続くのだろう。
 
 私の手が治るまでだとしたら、一月ぐらいはこのままなのかしら。
 早く治ってほしい。居た堪れない。

 自宅でグエスにお世話をしてもらうのとは違うのだもの。
 もちろん嬉しい気持ちはあるけれど、この状況をあっさり受け入れるのはやっぱり少し難しい。

「リーシャ。これは、痛み止め。少し苦いが、飲めるか?」

「はい、大丈夫です」

 ゼフィラス様が私の口元に、緑色の液体の入った器をあてる。
 雑草をすりつぶしたような匂いがする。青臭さと苦味が混じっている。
 
 覚悟を決めて一気に飲み干すと、独特な薬草臭さが鼻から抜けて、私はケホケホ咳き込んだ。
 ゼフィラス様が心配そうに背中をさすってくれる。

「まずいだろう」

「だ、大丈夫です……」

「リーシャ、こちらを。蜂蜜だ。多少は苦味が薄れる」

「ん……」

 スプーンにすくった蜂蜜を口に入れられると、甘みが口に広がった。
 とろりととろけて喉に落ちていく甘みに、私は目を細める。確かに苦味が楽になった。

 スプーンからこぼれた蜂蜜が、服に溢れる。
 ゼフィラス様はナプキンでそれを拭うと「すまないリーシャ」と慌てた。

「用意をしてくるから、薬が効いたところで湯浴みをしようか、リーシャ。体を清めて、あとは休もう」
「えっ、あっ、あの……」

「どうした?」
「お風呂は、一人で……大丈夫ですから」

「その手では無理だ」
「で、ですが、あの、こればかりは……!」

「大丈夫だ、見ない」
「そういう問題では……」

「度重なる訓練で、私は目を閉じていてもどこに何があるのかがわかるのだ。だから、見ない」
「で、でも……」

 流石にお風呂は……!

 私たちは夫婦になるのだけれど、流石にそれは、いけない気がする。
 度重なる訓練で心眼を手に入れたらしいゼフィラス様だとしても、全く見ないというのは無理なのではないだろうか。
 いえ、見る見ないの話ではなくて──。

「……わかりました」

 そして結局私は押し負けた。
 ゼフィラス様は黒い布を目に巻いているのにまるで見ているかのように私の服を脱がせて、バスタブにためたお湯に私を抱き上げて入れてくれた。

 私は半ば呆然としながらなすがままになっていた。
 そしてはっと我にかえった時には、羞恥心と申し訳なさの荒波に揉まれてずぶずぶお湯に沈んでしまいたくなった。

「あ、あの、ゼフィラス様」
「どうした、リーシャ。湯が熱いか」

「確かに見えていないのだと思いますけれど、かえって申し訳なくて……あの、布を、とっていただいて構いませんので」
「そういうわけにはいかない。私たちはまだ婚姻前なのだから」

「ここまでしていただいているのですから、もう、いいのです」

 もちろん恥ずかしいけれど、傷が治るまでご迷惑をおかけするのだから、ゼフィラス様にできる限り不自由な思いをさせたくない。

 ゼフィラス様のことだから問題ないのだろうとは思うけれど、見えないことでもし濡れた床に滑って転んだらと心配になってしまう。
 ゼフィラス様がお怪我をすることを考えたら、私の裸体など安いものだ。

「た、たいして誇れるようなものではありませんが、お世話になっている以上は、必要以上にお手を煩わせたくなくて……見ていただいて構いませんので」

「しかしだな、リーシャ」
「ゼフィラス様は……私を、妻にしてくださるのですよね? 婚約者です、私たち。だから、問題ありません」

「それはもちろんそうだが……わかった、リーシャ。私も覚悟を決めよう」
「は、はい」

 私はどこを見ていいかわからず、お湯を見ていた。
 お湯は白濁していて、体を隠している。白濁したお湯からは柑橘系のいい香りがする。

 ゼフィラス様の説明では薬湯らしい。こちらも、包帯を解いた手をつけると、火傷の治りもそうだけれど皮膚の修復も早くなるのだという。

 するりと布がとかれて、ぱさりと床に落ちる。
 チラリと視線を送ると、ゼフィラス様とばっちり目があった。

 湯浴みを手伝うために薄着になっているゼフィラス様の筋肉の隆起した太い腕や胸板が目に入り、私は俯いた。

「……リーシャ」
「本当に、その、自慢できるようなものが何もなくて……私、すごく普通なんです、どこもかしこも」

「そんなことはない、リーシャ。すごく綺麗だ」
「ありがとうございます……」

「髪を洗おうか」
「は、はい。お願いします」

 太い指が髪に通り頭に触れる。
 洗髪料が泡立って、頭を揉まれるたびにすごく気持ちいい。

 侍女たちにも頭を洗ってもらうことはあるけれど、ゼフィラス様の指は力強くて繊細で、恥ずかしさも忘れて眠たくなってきてしまう。

「……気持ちいい、です」
「……そうか。よかった」

「あの、ゼフィラス様」
「なんだ?」

「……一緒に、入ってもいいかなと、思います。ゼフィラス様も濡れてしまいますし、二度手間になってしまうかなって」

 沈黙が無性にくすぐったくて、私は思い浮かんだ言葉を伝えた。
 言った後で、その言葉の意味に気づく。

 何を言っているのかしら、私。一緒にというのは、一緒にということだ。
 体を見ていいと言ったり、一緒に入浴しようと言ったり。
 はしたないわよね。呆れられたら、どうしよう。

「……次は、是非」
「は、はい」

 押し殺したような声でゼフィラス様が言うので、私は小さく頷くことしかできなかった。

 呆れられるよりはいいのだけれど──。
 一月もこれが続くのかと思うと、のぼせたわけでもないのに頭がくらくらした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...