幼馴染の婚約者に浮気された伯爵令嬢は、ずっと君が好きだったという王太子殿下と期間限定の婚約をする。

束原ミヤコ

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 傷の療養 2

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 ゼフィラス様を守り命が失われる覚悟をした時、ゼフィラス様のことが大好きだと強く思った。
 その感情は、今も私を満たしている。

 大好き。
 あなたが好き。
 だから──私は、離れなくてはいけない。ゼフィラス様にはもっと相応しい人がいる。

 体の傷は、努力だけではどうしようもない。

「ゼフィラス様、私……」

「リーシャ。ここは、王家の別邸。王都の南、海沿いにある。ルーグに乗せて、君をここまで運んだ」

「別邸、ですか……」

「傷が癒えるまで、君をここから出さない。私もここにいる。君の家族には承諾を得ている。父や母からも了承を得た。誰にも文句を言わせたりしない」

「ゼフィラス様……どうして」

 診療所に運ばれるのかと思ったのに、どうして別邸なのだろう。
 それに、家に帰れないというのは──。

「私は、長年君を見続けてきたんだ、リーシャ。君のまっすぐさや、真面目さや、努力家で一人でなんでも頑張ろうとするところは、よく知っている。思い詰めやすいところも、人のために自分を押さえ込んでしまうところも、知っている」

「……私は」

「君が何を言おうとしているのかぐらいわかる。こんな怪我をしては、私とは結婚できない──そんな言葉は、君の口から聞きたくない」

 私は口を噤んだ。私の気持ちは、知られてしまっている。
 どうして言わなくても分かるのだろう。どうして、欲しい言葉をくれるのだろう。

「私は、君を手放す気はない。君は私の命を守ったんだ。それは名誉の負傷だ。誰に咎められるものでもない。……私は、君に怪我をさせてしまった自分が許せないが。本当に感謝している、リーシャ」

「でも、ゼフィラス様。私は、迷惑をかけたくはないのです」

「迷惑なわけがない。君の怪我が治るまで、君の身の回りのことは全て私がする。誰にも君に触れさせない。誰にも渡さない。……こんな男で、すまない。だが私は、私の感情を隠すつもりはない」

 ゼフィラス様は私の額に唇を落とした。
 起き上がることのできない私の手の包帯をするすると解く。

 赤く腫れていた手には、傷薬が塗られている。
 銀盤のぬるま湯で丁寧に手を洗う。ひりひりしたが、思ったよりは痛くない。

「君は二日、眠っていた。診療所で応急処置をしてもらった後、君を攫ってきた。一月もすれば傷は癒えるだろう。手も動かせるようになる。これは火傷によく効くソルデムの油。魔物もたまには役に立つ」

 ソルデムは火蜥蜴と呼ばれている。
 その鱗は硬く、肉は滋養強壮にいいとされて、油は傷薬に。いずれにしても、希少なものだ。
 私の手を丁寧に拭いた後、ゼフィラス様は薬瓶に入った軟膏を塗った。

「怪我を隠すべきかどうするか悩んだ。きっと君は気に病むだろう、リーシャ。隠せばもっと気に病むはずだ。だから、大々的に公表した。神殿の奥に封じられていた魔物を討伐した私を救った、心優しき麗しの乙女として。今頃は、王都中に君の話は広まっているはずだ」

「……私、そんな、そんなことは」

「黒騎士ゼスの英雄譚に、救国の乙女が加わったのだ。皆、そういった話は好きだろう? 吟遊詩人たちがこぞって物語にして、歌い歩くだろう。誰も君の傷について文句は言わない。言わせたりもしない。……そしてリーシャ。君は私から、逃げられない」

「逃げるなんて……」

 離れなくてはいけないとは考えていた。けれど、逃げたいわけじゃない。
 だって、その声を聞いて、その姿を目に映して、その手に触れているだけで、こんなにも、幸せなのだから。

 傷薬を塗った後、丁寧に新しい包帯が巻かれる。
 もう片方の手も、同じように。

「リーシャ。怖かったと泣いていい。痛いと、泣いていい。……こんなに酷い、怪我をさせてしまった。私のせいだと、怒っていい」

「……ゼフィラス様、私は大丈夫です」

「大丈夫じゃない。大丈夫なんかじゃないんだ。……離れることを考えるよりも、お前のせいだから責任を取れと詰ってくれ」

「……そんなことはしません」

 思わず、笑ってしまった。
 あなたのせいだから、責任を取れといって怒るなんて、そんなこと考えたこともなかった。
 そういう考え方もあるのかと、なんだか感心してしまう。

「ゼフィラス様、私……あなたの傍にいたいです。本当は、ずっといたいです」

「リーシャ……!」

 本音を伝えると、涙が溢れた。
 あなたが好きだという気持ちだけで、全てが許されるわけじゃないけれど。
 ここには私とゼフィラス様しかいないから。

 立場を忘れて、甘えたい。
 甘えて、わがままを言って、子供みたいに泣いてしまいたい。

 覆い被さるように、抱きしめてくださる。
 力が強くて、少し痛くて。
 ぼろぼろ涙が溢れて止まらなかった。

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