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 クリストファー・ベルガモルト 2

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 リーシャの全てが嫌いになっていった。

 何も知らないのか、それとも知っているのか、無邪気さを装った愛の言葉は嘘くさく、リーシャのことは金貨袋のようにしか見えなくなった。

 そんなものはいらない。いらないと突っぱねたいが、我が家には金がない。
 最低な脅しだ。

 そしてそう思うと、リーシャの言動も、行動も、許せないものになった。

 俺はあまり家から出られなかったせいかどちらかといえば大人しく、人見知りをしていた。

 いつもリーシャの影に隠れていて、リーシャのことを母のように思ったこともある。

 誰とでも気兼ねなく話し、友人も多い。何かあればすぐに飛んで行き、喧嘩を仲裁したり、転んだ友人を助けたりもする。

 リーシャが誰かから感謝されるほどに苛立った。

 正義の味方を気取っている。

 実際は――俺という婚約者を金で手に入れた最低な女なのに。

 アールグレイス伯爵家の援助を打ち切られるわけにはいかない。

 憎しみを隠し仮面をかぶり、リーシャには優しい男として振る舞っていた。

 リーシャが俺の前で笑う度、俺が好きだと口にする度に、愚かな女だと心の中で嘲った。

 そうして、学園に入学した俺は、リーシャの友人だったシルキーと出会った。

 シルキーはリーシャとはまるで違う。
 一人では何もできない。

 いつも不安そうにしているシルキーは、何でも俺に頼りたがった。
 
 何でも一人でできるとでもいうような、小賢しいリーシャとは違う。

 見た目だけは悪くないのだから、もう少し可愛げがあれば――嫌悪以外の感情を抱くことができたかもしれない。

 けれどリーシャはいつも多くの友人に囲まれていて、大抵のことはなんでも一人でできた。

 友人が傍にいないときでも、寂しい顔も一つしないで、凜と立っているような女だ。
 
 俺がシルキーに惹かれるのにはそう長い時間はかからなかった。

 俺の感情が決定的になったのは、リーシャが遊覧船で子供を助けるために溺れて、その後高熱を出したと彼女の兄から聞いたときだ。
 
 リーシャは俺にそれを隠していた。
 海で溺れるなど、どうかしている。どうせまた正義の味方ぶったのだろう。

 そんなに褒められるのが好きか。そんなに目立ちたいのか。

 死んでもいいとさえ思っているのか。俺という婚約者がありながら――。

 俺のことは、どうでもいいのか。
 好きだというのなら縋れ。冷たくしているのだから泣きわめけ。

 情けない姿を晒せば少しは――溜飲が下がるかもしれないのに。

 リーシャに何があったのか尋ねると、たいしたことではないのだと誤魔化した。
 頭が燃えるぐらいに腹が立った。
 
 馬鹿にされていると思ったのだ。どうせ金のない公爵家の嫡男だと。侮られている。

 俺は――リーシャが嫌いだ。

 リーシャとは結婚をするつもりだった。
 アールグレイス家の金を手に入れてしまえば、あとは自由にできる。

 優しくして、金を貢がせて貢がせて――俺はシルキーと子供を作ろう。

 時期を見計らってシルキーを家に入れて、リーシャはいないものとして扱えばいい。

 だが、浮気はリーシャに知られてしまった。
 そんなつもりはなかったのに、婚約は解消となった。

 リーシャは愚かな女だ。ここでも正義の味方ぶって、俺たちを認めるような言葉が書かれた手紙を寄越した。

 まだ俺に未練があるのだろう。
 やはりアールグレイス家の金は必要だ。

 それに――リーシャは俺のものだ。
 
 侍女として雇い入れて、手つきにしてやってもいい。

 今まで偉そうにしていたリーシャを貶めることを考えるだけで、胸が躍った。

 それなのに――それなのに。それなのに。
 全部、壊れてしまった。
 何もかもを、失ってしまった。

 どうして殿下が現れるんだ。婚約解消されたばかりだというのに、何故リーシャは殿下の婚約者になっている。
 
 浮気をしていたのか。俺が好きだと言いながら、殿下と浮気を?

 俺はリーシャに嵌められたのか。殿下と結婚をするために、俺との婚約を破棄したかったのか。
 
 腹立たしい。悔しい。何か、意趣返しをしてやりたい。

 痛い思いをさせたい。リーシャの罪を皆の前で暴いて、どれほど最低な女なのかを知らしめなくてはいけない。

 あんな女が殿下と結婚をするなどあり得ないことだ。

 上手くいくと思っていた。リーシャの行動を調べ上げて、皆の集まる卒業式でその罪を声高に叫んで。
 
 結局、俺は――父上に捨てられた。
 シルキーと二人、何もない田舎の町のおんぼろの小屋に置き去りにされた。

「……家に帰りたい。家に帰りたい……お父様、お母様……!」

 朝から夜まで何もせずに泣き続けているシルキーが鬱陶しい。

 水も汲めない。料理もできない。一人では、なにもできない。
 リーシャなら――すぐに泣き止んでいただろう。

 弱音は吐かず、大丈夫だと俺の手を引いて――。

「リーシャ……」

 家の中は気が滅入る。
 夜風に吹かれながら、星空を見上げた。

 幼い頃から俺が好きだと言っていた。仲のよい、幼馴染みだった。
 リーシャは、俺のものだったはずだ。
 今でも――彼女の心は俺のものだ。そのはずだ。



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