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この幸運を手放さない
しおりを挟む好きな相手に自分の恥を晒すのが、これほど勇気のいることだとは思わなかった。
単なる偶然だが、私はゼスとしてリーシャと交流を持ってしまった。
ゼスの中身が、長年リーシャを思い続けていた気味の悪い男だと、リーシャは知らないのだ。
リーシャを手に入れることができるかもしれない。
偶然掴んだ幸運を逃したくはなかったが、今更リーシャに伝えるのか?
私はゼフィラスだと。一年前に海で君を救ったのは私だと。
後出しの、じゃんけんみたいだ。
「失礼ながら、殿下。それは、キングアントですか?」
「大鷲だよ」
悩みは尽きないが、リーシャからもらった刺繍入りのハンカチを眺めてにやにやする心の余裕はある。
リーシャが私に、正確にはゼスにだが、プレゼントをくれた。
それを受け取りながら、ゼスを縊り殺したくなった。
何故ゼスが、私ではなくゼスがリーシャからプレゼントをもらっているんだ……! と、思わずにはいられなかった。
ゼスは私なのだが。
しかし、リーシャは私とは知らない。
私よりも先にリーシャとデートをしたのが許せない。
しかも、手作りの刺繍入りハンカチをもらうなど。
その上、ホテル宿泊券一年分。
思わずリーシャとともにホテルに泊まる妄想をしてしまった。
私も男なのだ。許してほしい。
執務机にはハンカチが置かれている。
黒い刺繍は、リーシャは大鷹だといっていた。
足が六本あるように見えるが、うち二本は翼なのだろう。
思わず笑ってしまうような、奇妙な形だ。
可愛い。一生懸命縫ってくれたのだろう、きっと。
──ゼスに。
「殴りたいな……」
「えっ! 申し訳ありません、殿下。キングアントに見えたものですから。そんなに怒らないでくださいよ」
ルートグリフが言う。
昔から、私の側近を務めてくれている男である。
「お前に怒ってなどいないよ。可愛いだろう、リーシャが私に縫ってくれたんだ」
「ゼフィラス様ではなく、ゼスにですよね」
もっともな指摘に、わたしは執務机に突っ伏した。
ハンカチから良い香りがする。
香を布に染み込ませてあるようだ。
ほのかな、ジャスミンの香りである。
私のリーシャは、罪深すぎないか。こんなものを男に渡すなんて、ゼスがそんなにいいのか、リーシャ。
仮面をつけた怪しい大男だぞ、奴は。
「ゼフィラス様。さっさとリーシャ様にゼスは私だ! と、伝えるべきです。自分自身に嫉妬をするほど不毛なことはありませんよ」
「……わかってはいる。だが、どう言い出せばいいのだ。私は、リーシャの唇を奪って、逃げ出したような男だぞ」
「人命救助の蘇生を、そのように表現をするのはいかがなものかと。頑張ってください、殿下。国の将来がかかっているのですよ」
それは、そうだが。
なんと言って呼び出せばいい?
君に会いたい。
ずっと好きだった。
伝えたい気持ちは山ほどあるのに、いざ伝えられる状況が訪れると、嫌われるのでは、嫌悪されるのではと、考えてしまう。
「リーシャは、就職先を探していたな……」
ふと、リーシャを呼び出す理由を思いついて、私は腕を組んだ。
できるかぎり、自然に。
怯えさせないように。
私のただれた感情を、悟られないように。
外堀を埋めて、私から逃げられないようにしなくては。
こんな男に愛を捧げられて、可哀想に。
だが、もう手をこまねいて見ている必要はないのだ。
婚約を結び、愛を伝えて。
私はリーシャに愛されたい。
クリストファーも、愚かなことをした。
軽い火遊びのつもりだったのだろうか。
真意はわからないが、同情はしない。
――裏切りの代償はいつだって、高くつくものなのだから。
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