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サーガとゼス 2
しおりを挟む心を支配する仄暗い嫉妬や渇望には馴染みがあった。
俺は長らくそういったものを抱えて生きてきた。
あの公爵家の長男――クリストファーという名の優男よりも俺のほうがずっとリーシャを幸せにできる。
そのために努力してきたのだ。
誰かを守る強さを手に入れるため、細いばかりだった俺はひたすらに鍛錬をし、今では女のドレスなどとても入らないような体格を手に入れた。
ゼスとして、冒険者ランクの頂点までのぼりつめた。受けられる依頼は危険なものを中心になんでもこなした。
同時に王太子としての立場も盤石なものにした。
ゼスとして振る舞う方がよほど楽だ。ただ力で圧倒すればいいだけだ。
城では、貴族の派閥への根回しや本音を隠した愛想笑い、頭の中で言葉をパズルのように組み立ててどのように伝えたら相手をうまく操ることができるのか、そんなことばかりを考えなくてはいけない。
嫁ぎ先から時折帰ってくるうるさい姉や、煩わしい母の相手も疲れる。父は口を開けば二言目には「早く妃をみつけて、王位を継げ」とばかり言っていた。
理由をつけてはのらりくらりとそれを躱していた。
王位を継げばそれこそ、妻を娶れという声がいよいよ大きくなりかねない。
王家の血筋を繋いでいくことが俺に課せられた義務である。だが、俺はリーシャ以外の女になど触れたくもなかった。
クリストファーさえいなければ。幼い頃から傍にいただけで芽生える恋心など、所詮は親愛からの錯覚に過ぎないだろう。
俺の――自分でも吐き気がするほどの執着にも似た燃えたぎるような感情とは違う。
じりじりと身を焦がすような強い日差しの降り注ぐ乾いた砂漠を彷徨うような焦燥と、羨望と嫉妬を体の中に押し込んで、木枠で固めてそれが表に出ないように慎重に釘を打ち付け続けていた。
だが、独占欲は違う。
独占欲とは、リーシャを抱きしめることができる今だからこそ湧き起こる新しい感情である。
嫉妬と羨望と渇望と餓えと渇きと様々などす黒い感情が渦巻く愛を押さえ込んだ、今まで俺が慎重に慎重に幾重にも板を打ち付けてできあがった分厚い箱の中に、リーシャを閉じ込めてしまいたい。
表面上は物わかりのいい男だと取り繕って、内側は浅ましく穢れている。
俺は自分自身をよく知っていた。
だから――できる限り、リーシャとの関係を急がないようにしている。
渦のような感情が箱から溢れて、リーシャを傷つけてしまわないように。
「あのなぁ、ゼス。あんたがリーシャを手に入れたのはたまたま運がよかっただけだ。それなのに、そんなに独占欲を剥き出しにして恋人面してると、嫌われるぞ」
同じ男であり、同じようにリーシャに思慕を抱いていたサーガには、俺の感情が理解できるのだろう。
肩をすくめて呆れたように嘆息される。
「リーシャの前では、俺は王太子ゼフィラス。嫉妬や独占欲なんて感情とは無縁な、優しい大人の男だ」
「笑える」
「運がよかったのはその通りだ。自分が好きだと思う相手が気持ちを返してくれるのは、奇跡に近い。幸運と奇跡を手放さないように、努力をしている最中だよ」
「そこなんだよ。俺が文句を言おうとしてたのは。まぁ、あんたの初恋が十一年っつう、さぞかし熟成されて発酵してどろどろになった感情だと思えば、文句も言いづらくなるしな。リーシャは悪い男に捕まって、可哀想になと思わざるを得ないが」
「お前に文句を言われる筋合いはないが、話だけは聞いてやろう」
「嫌だね、勝ち組の男はすぐに上からものを言う。まぁ、あんたは王太子殿下なわけだから、それに関しちゃ仕方ねぇか。職業斡旋所から連絡が来たんだよ。リーシャは婚約者に浮気されたあと、就職先を探してたらしいな。それが、冒険者ギルドと、俺の秘書」
「……それが?」
サーガの言いたいことを察知して、俺は仮面の下に隠れている眉を寄せた。
「冒険者ギルドに先に行ったんだな、リーシャは。ユーグリットから聞いた。たまたまお前がそこに来て、リーシャを連れて出て行ったと。せっかくの可愛い女の子が、ゼスに誘拐されたとかなんとか」
「あんな女好きに、リーシャを任せられる訳がない」
「それに関しちゃ同感だが、たとえば――リーシャが先に、俺の元に来ていたら? 俺の秘書になる道を選んでたら、今頃俺はリーシャと結婚してるだろ」
そんな可能性もあるのかと、思わず俺はサーガの隣で微笑むリーシャを想像した。
酒の味も分からないぐらいに、最低な気分になる。
「だからあんたはついてたんだよ、ゼス。たまたまリーシャが先に出会ったのがあんたで、それからあんたはリーシャの自由を奪うように、囲い込んだ。ずるいな。気づいた時には、リーシャの心には俺の入る隙間なんてものはなかったんだからよ」
「可哀想にな、サーガ。運も実力のうちだ」
可能性としては、あったかもしれない。
俺の知らないところでリーシャがサーガの秘書になり、毎日を過ごすことが。
以前からリーシャを食事に誘い、婚約者がいることを理由に断り続けていたリーシャが、それを受け入れて。
食事をして、親しくなって、共に出かけて、日々を過ごして。
手を取り合って――もっと、親密に。
そこまで想像して、その情景を紙を破くように引き裂いた。
「だが、もしリーシャがお前の秘書になっていたとしても、俺は遠慮無く奪い取っていた。リーシャの気持ちを得るためなら俺はなんだってしただろう」
「だろうな。それで俺は負けてただろうな。あんたのお綺麗な顔面の裏側が、俺は恐ろしいよ。本当に王太子かって疑いたくなるほど怖いね。敵にまわしたくはねぇな。だから、俺の文句はこれで終わりだ」
「俺の許可無くリーシャに近づくなよ、サーガ」
「はいはい。文句は終わったから、あとは祝い酒だ。俺の部下の仇をとってくれてありがとうな、ゼス。メルアまだ幼い。詳しいことは伝えてねぇが、きっとあの子の両親は天国で喜んでるだろうよ」
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「はは、そりゃそうだ。ゼスのあんたは妖しい仮面のでかい男だし、ゼフィラス様は煌びやかすぎてな。リーシャは、気安い。そこがいいんだろうな」
「あぁ。……お前はまだ、リーシャが」
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「濁るか、心が」
「口に出せない言葉が溜まると濁る。あんたもたまには叫んだほうがいいぜ。夕日に向かって。リーシャ、大好きだー! めちゃくちゃに抱きてぇ! とかな」
「……そうだな。やってみよう」
確かにそれは、効果がありそうだ。
俺が頷くと、サーガは苦笑しながら「冗談だよ」と言った。
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