90 / 162
慰め 2
しおりを挟む両目を覆う仮面を外すと、美しい深紅の瞳が現れる。
恥ずかしそうに頬が染まっている様子が可愛らしくて、さらりとした銀の髪に指を絡めた。
私を心配してくれている。同時に、嫉妬もしてくれている。
奪うように、けれど分け合うように差し出された熱が心地よくて――本当に、ありがたいものだと思う。
向けていただける感情を、与えられるあたたかさを、大切にしないといけない。
後ろを振り返るのではなく、前を見ないと。
まだ罪が、罪だと決まったわけではない。
けれど――それが本当だった時、取り乱してしまわないように。心を強く、もっていなくては。
メルアのご両親は、もう帰ってこない。
本当に罪を犯していたとしたら、まだ残っているほんの少しの情は、捨てなくてはいけない。
頭を殴られたようなショックからは、ゼフィラス様のおかげで回復している。
黒くてどろどろしたものに覆われていたようだったけれど、そんなものはなかった。気のせいだった。
私の心がつくりだした、幻想でしかなかった。
夕焼けの空は美しくて、ゼフィラス様の瞳は綺麗で、洗い立てのシーツはパリッとしていて気持ちいい。
ゼフィラス様が一緒にいてくれてよかった。
このまま一人になっていたら、きっとずっと、何も気づけなかった自分を責め続けてしまっただろう。
「私が君を慰めなくてはいけないのに、これでは、なんだか逆のようだな」
髪を撫でていると、ゼフィラス様が困ったように言った。
「ごめんなさい。さらさらで、気持ち良くて、つい」
「いや、いいんだ。好きなだけ触ってくれて構わない。そのかわり、私も君に触れたい」
私の隣に横たわり、ゼフィラス様は私の髪に触れて、頬に触れる。
こぼれた涙を指先で払い、髪に触れていた私の手を取って指を絡めた。
「ゼフィラス様、ありがとうございます。……ごめんなさい」
「リーシャ、いいんだ。かつては恋心を抱いていた、幼馴染なのだろう。傷つくのは当たり前だ。……私以外の男のことで、君の心がいっぱいになるのがどうしても、許せなくて。……子供染みた嫉妬をしてしまった」
「……嬉しいです。……私をそんな風に想ってくださることが、とても」
「迷惑では?」
「迷惑なんて思いません。……私、強くなりたいって思っているのに、揺らいでばかりで」
「困らせている自覚はある。好きな男に裏切られてからまだ二週間に満たない。この短期間で、立ち直って私と、新しい恋をして欲しいなんて思っていない。私は、私の感情を君に伝えられることが嬉しい。ただ、少し……感情が抑えられなくなってしまって」
ごつごつした太い指が、剣を持つため皮膚の硬くなった手のひらが、私の手を包み込んでいる。
それだけで、安心することができる。
信じていたものがひび割れて壊れてしまい、足場が崩れて真っ逆さまに落ちていくばかりだった私を、ゼフィラス様が救ってくれた。
あなたが好きだから、一緒にいたい。
あなたに相応しくなるために――頑張りたい。
「裏切られたのだと知った時はショックで、どうしていいのか分かりませんでした。虚勢と言い訳ばかりしていたと思います。……それ以上に怖いことを知ってしまった今は、ただ戸惑うばかりで。……でも、もしそれが本当なら、許してはいけないと思います。今までの関係がどうであれ、罪は、罪ですから」
「君はもう関わる必要はない。あとは私が処理する」
「……でも、もしものときは、私も。もしも何かが起こったときは、私へのお気づかいは無用です。私はもう、大丈夫です。本当に」
「しかし」
「もしかしたら……あの方たちは、罪を罪とも思わない残酷な方々なのかもしれません。そんな素振りも、まるでありませんでした。私は……人を信じられなくなりそうなことが、怖いのです。でも、ゼフィラス様がいてくださるから。だから、大丈夫だと思えるのです」
何を大切にするべきかを、間違えないようにしなくては。
残酷な事実がこの先に待ち受けていたとしても、私にはゼフィラス様がいて、優しい家族がいる。
顔をあげて、見届けよう。きっと、もう大丈夫だ。
「ゼフィラス様。二度目の、二人きりでのお泊りというものですね。一度目は大変でしたから……せっかくなので、星空を見ながらお食事をしませんか? お風呂もとても大きいですよ。ゼフィラス様、お酒も頼みましょうか」
「あぁ、リーシャ。……無理に、連れてきてしまった気がするのだが」
「婚約者ですから、問題ありません」
照れたように、けれど嬉しそうに微笑むゼフィラス様が好きだ。
好きという気持ちが心にあるだけで、こんなにも――世界は輝いて見える。
真実が明らかになったとしても、卒業式を終えればもうあの二人と会うこともない。
私が出しゃばる必要はない。あとは、ゼフィラス様にお任せしよう。
35
お気に入りに追加
2,943
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」

【完結】元婚約者の次の婚約者は私の妹だそうです。ところでご存知ないでしょうが、妹は貴方の妹でもありますよ。
葉桜鹿乃
恋愛
あらぬ罪を着せられ婚約破棄を言い渡されたジュリア・スカーレット伯爵令嬢は、ある秘密を抱えていた。
それは、元婚約者モーガンが次の婚約者に望んだジュリアの妹マリアが、モーガンの実の妹でもある、という秘密だ。
本当ならば墓まで持っていくつもりだったが、ジュリアを婚約者にとモーガンの親友である第一王子フィリップが望んでくれた事で、ジュリアは真実を突きつける事を決める。
※エピローグにてひとまず完結ですが、疑問点があがっていた所や、具体的な姉妹に対する差など、サクサク読んでもらうのに削った所を(現在他作を書いているので不定期で)番外編で更新しますので、暫く連載中のままとさせていただきます。よろしくお願いします。
番外編に手が回らないため、一旦完結と致します。
(2021/02/07 02:00)
小説家になろう・カクヨムでも別名義にて連載を始めました。
恋愛及び全体1位ありがとうございます!
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します
nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。
イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。
「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」
すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる