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慰め 2
しおりを挟む両目を覆う仮面を外すと、美しい深紅の瞳が現れる。
恥ずかしそうに頬が染まっている様子が可愛らしくて、さらりとした銀の髪に指を絡めた。
私を心配してくれている。同時に、嫉妬もしてくれている。
奪うように、けれど分け合うように差し出された熱が心地よくて――本当に、ありがたいものだと思う。
向けていただける感情を、与えられるあたたかさを、大切にしないといけない。
後ろを振り返るのではなく、前を見ないと。
まだ罪が、罪だと決まったわけではない。
けれど――それが本当だった時、取り乱してしまわないように。心を強く、もっていなくては。
メルアのご両親は、もう帰ってこない。
本当に罪を犯していたとしたら、まだ残っているほんの少しの情は、捨てなくてはいけない。
頭を殴られたようなショックからは、ゼフィラス様のおかげで回復している。
黒くてどろどろしたものに覆われていたようだったけれど、そんなものはなかった。気のせいだった。
私の心がつくりだした、幻想でしかなかった。
夕焼けの空は美しくて、ゼフィラス様の瞳は綺麗で、洗い立てのシーツはパリッとしていて気持ちいい。
ゼフィラス様が一緒にいてくれてよかった。
このまま一人になっていたら、きっとずっと、何も気づけなかった自分を責め続けてしまっただろう。
「私が君を慰めなくてはいけないのに、これでは、なんだか逆のようだな」
髪を撫でていると、ゼフィラス様が困ったように言った。
「ごめんなさい。さらさらで、気持ち良くて、つい」
「いや、いいんだ。好きなだけ触ってくれて構わない。そのかわり、私も君に触れたい」
私の隣に横たわり、ゼフィラス様は私の髪に触れて、頬に触れる。
こぼれた涙を指先で払い、髪に触れていた私の手を取って指を絡めた。
「ゼフィラス様、ありがとうございます。……ごめんなさい」
「リーシャ、いいんだ。かつては恋心を抱いていた、幼馴染なのだろう。傷つくのは当たり前だ。……私以外の男のことで、君の心がいっぱいになるのがどうしても、許せなくて。……子供染みた嫉妬をしてしまった」
「……嬉しいです。……私をそんな風に想ってくださることが、とても」
「迷惑では?」
「迷惑なんて思いません。……私、強くなりたいって思っているのに、揺らいでばかりで」
「困らせている自覚はある。好きな男に裏切られてからまだ二週間に満たない。この短期間で、立ち直って私と、新しい恋をして欲しいなんて思っていない。私は、私の感情を君に伝えられることが嬉しい。ただ、少し……感情が抑えられなくなってしまって」
ごつごつした太い指が、剣を持つため皮膚の硬くなった手のひらが、私の手を包み込んでいる。
それだけで、安心することができる。
信じていたものがひび割れて壊れてしまい、足場が崩れて真っ逆さまに落ちていくばかりだった私を、ゼフィラス様が救ってくれた。
あなたが好きだから、一緒にいたい。
あなたに相応しくなるために――頑張りたい。
「裏切られたのだと知った時はショックで、どうしていいのか分かりませんでした。虚勢と言い訳ばかりしていたと思います。……それ以上に怖いことを知ってしまった今は、ただ戸惑うばかりで。……でも、もしそれが本当なら、許してはいけないと思います。今までの関係がどうであれ、罪は、罪ですから」
「君はもう関わる必要はない。あとは私が処理する」
「……でも、もしものときは、私も。もしも何かが起こったときは、私へのお気づかいは無用です。私はもう、大丈夫です。本当に」
「しかし」
「もしかしたら……あの方たちは、罪を罪とも思わない残酷な方々なのかもしれません。そんな素振りも、まるでありませんでした。私は……人を信じられなくなりそうなことが、怖いのです。でも、ゼフィラス様がいてくださるから。だから、大丈夫だと思えるのです」
何を大切にするべきかを、間違えないようにしなくては。
残酷な事実がこの先に待ち受けていたとしても、私にはゼフィラス様がいて、優しい家族がいる。
顔をあげて、見届けよう。きっと、もう大丈夫だ。
「ゼフィラス様。二度目の、二人きりでのお泊りというものですね。一度目は大変でしたから……せっかくなので、星空を見ながらお食事をしませんか? お風呂もとても大きいですよ。ゼフィラス様、お酒も頼みましょうか」
「あぁ、リーシャ。……無理に、連れてきてしまった気がするのだが」
「婚約者ですから、問題ありません」
照れたように、けれど嬉しそうに微笑むゼフィラス様が好きだ。
好きという気持ちが心にあるだけで、こんなにも――世界は輝いて見える。
真実が明らかになったとしても、卒業式を終えればもうあの二人と会うこともない。
私が出しゃばる必要はない。あとは、ゼフィラス様にお任せしよう。
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