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慰め 1

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 近づく顔に焦点を結ぶことができずに、視界がぼやける。
 
 私の体に覆いかぶさって、ゼフィラス様は私の腕をベッドに繋ぎ止めるように握りしめている。

 力は強いけれど、痛いわけじゃない。
 ただ、逃げることはできそうもない。

 逃げたいわけじゃ、ないのだけれど。

 噛みつくように重なった唇は柔らかくて、重なる胸に心音が混じり合う。

 どくどくと体に響く鼓動と熱が、ゼフィラス様が私と同じ、生きている人間であることを教えてくれる。

 そんなことは分かっているのに、お城の舞踏会などで遠くから拝見していたゼフィラス様は、作りもののように美しかった。

 私にとっては、雲の上のような方だ。
 だから、現実味がなくて。
 男性なのだと意識するたび、とまどってしまう。
  
 硬い腕や体は私のものとはまるでちがう。優しすぎるほど優しいゼフィラス様の強引な口づけに、私は戸惑いつづけていた。

 混じり合う鼓動は早く、私だけじゃなくてゼフィラス様も同じように緊張しているのだと、わかる。

 緊張か、激情か、あふれる感情は判然としないけれど。

 見慣れない部屋には茜色の光がさしこみ、光が当たらない場所は薄暗い。

 カーテンはひらかれて、外の景色が見える。ホテルの上階は値段のせいであいていることが多い。

 この部屋も最上階にあるから、外から中を見ることはできないだろうけれど。

 それでも、人に見られる可能性がある場所で唇を重ねるのは、禁忌と背徳感を同時に感じた。

「ん、ん……っ」

 触れては離れる唇に、呼吸もままならない。
 きつくとじた唇の間を舌で撫でられて、体がぞわりと震えた。

「ぁ……」

 何度かそれを繰り返されて、あまりの恥ずかしさにきつく瞳を閉じて身じろいだ。

「っ、ふ……」

 薄く唇を開くと、薄く長い舌が私の口をいっぱいにした。
 
 知識としては、もちろんある。
 何も知らないわけじゃない。
 
 ただ、そういった教育は知りすぎても初々しさをなくして、男性を幻滅させてしまうからと、詳しく教えてもらえるわけじゃない。

 こういうことははじめてだ。
 口の中を撫でる舌のあつさや、濡れた感触、体が痺れるような感覚は、全部、今まで知らなかったものだ。

 体の曲線を確かめるように、大きな手のひらが体を撫でる。

 先程まで感じていた、まるで暗い井戸の底に突き落とされたような衝撃が、苦しさが、ゼフィラス様の温もりで塗りつぶされるように消えていく。

「リーシャ……リーシャ……好きだ。私は、君が好きだ。浅ましいと思われてもいい。悲しむ君の心につけこむ、悪い男になってもかまわない。私を、見てほしい」

「ゼフィラス様……」

 唇が離れて、ゼフィラス様が私の唇を指先で拭う。
 緊張しているはずなのに、体からはくたりと力が抜けて、じくじくした奇妙な甘さが体にに残った。

 背骨を直接撫でられるような、今すぐ逃げ出したくなるような、それでももっと強く抱きしめてほしいような、わけのわからない気持ちでいっぱいになって、涙がこぼれた。

「すまない。……自分が、おさえられなかった。君を悲しませるあの男の記憶を、君の中から消してしまいたい」

 優しくひきよせられて、背中を撫でられる。

 私は力の入らない手で、ゼフィラス様の服を掴んだ。

「ゼフィラス様、あの……」

「怖かっただろうか」

「……怖くないです。……少し、驚きましたけれど」
 
 私は、大丈夫。
 本当に、大丈夫。

 だって、こんなにも……激しい感情が、愛しい。
 
「ゼフィラス様、お顔が、みたいです。……仮面、外してもいいですか?」

「あ、あぁ……すまない! 外すのを忘れるぐらいに、余裕がなかったのだな」

 ゼフィラス様は慌てて仮面を外した。
 
 悲しいけれど、苦しいけれど、その仕草はなんだか可愛らしくて──私は、くすくす笑いながら手を伸ばして、ゼフィラス様の髪を撫でた。


 

 
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