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 やり直しのキス 2

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 今の私はゼフィラス様の想いを、信じることができる。
 すっかり枯れて萎れてしまった私の心の花は、新しく芽吹いて、再び咲こうとしている。

「こんなにすぐに心変わりをしてしまうなんて、軽薄な女だと思われるかもしれません。けれど……私は、自分の心を隠して、否定して、後悔するのは、もう、嫌なのです。だから……」

「リーシャ……リーシャ、君が好きだ。こんな日が来ることを、どれほど夢に見ただろうか」

 ゼフィラス様の指が、私の頬に触れる。

 私は、目を伏せた。
 恥ずかしさに、頬が勝手に染まっていく。心臓がうるさいぐらいに高鳴っている。

 ゼフィラス様が動く気配がする。何か熱を持ったものが、顔に近づいてくるのがわかる。

 唇に、柔らかい感触が触れる。
 そっと、啄むように。軽く触れて離れていく。
 
 ほんの微かな触れ合いなのに、体が熱を持った。
 心臓が激しく血液を体に巡らせている。呼吸をするのも忘れるぐらいに、甘い。

 緊張で体が強ばる。でも――恥ずかしくて、痛いぐらいに切なくて、嬉しい。

 芽吹き始めたばかりの恋心は、胸に灯った蝋燭のあかりのように心許ないものかもしれない。
 それでも、その芽生えた恋心を、私は強く抱きしめていたい。

 嵐が来ても、消えないように。
 何もかもを諦めかけていた私の、二度目の恋なのだから。

「……リーシャ」

 大切なものを呼ぶように、名前を呼ばれた。
 うっすらと瞳を開こうとすると、もう一度唇が重なる。

 傷つけないように、慎重に。
 そっと押し付けられて、離れていく。
 もう一度。もう一度。

 重なっては、離れていく。
 やわらかくて、優しくて甘い。胸が軋むみたいに、切ない。苦しい。幸せ。

「……っ、ん、ぁ……」
「好きだ、リーシャ。好きだ。……君だけだ、リーシャ。君しか、いらない」
「……ん」

 唇を、指先で辿られる。
 キュッと引き結んでいた唇を開くと、甘いため息みたいな声が出た。
 瞼を開くと、ゼフィラス様の綺麗な顔が驚くほどに近くにある。
 
 愛おしそうに私を見つめる瞳の甘さに、くらくらする。
 私に触れるものが、全部、甘くて優しくて、熱い。
 ハチミツの瓶の中に閉じ込められてしまったみたいに。パンケーキの上でとけるバターとクリームみたいに。

「好きだよ、リーシャ。……本当は、もっとしたい。ずっと、君に触れていたい」
「ゼフィラス様……」
「だが、我慢しなくてはな。今日は、ここまでに」

「どうして……?」
「無理強いをして、君に嫌われたくない。少しずつ、君と歩いていきたい。今まで手をこまねいて見ていることしかできなかった分を、ゆっくり取り戻していけるように」

「……我慢、しなくても、私は」

「リーシャ。私は君に、私は浅ましい男だと伝えた。それは、自虐でもないし誇張でもない。……だから、怖いんだ。許しを与えられたら、私は君をきっと泣かせてしまう。明日には、もう顔も見てもらえないかもしれない」
「あ、あの」

「正直、そのような無防備な姿の君を見ていると……自分を押さえつけるのに精一杯なほどに、苦しいぐらいだ」

 何を言われているのかが、なんとなくわかって、私はこれ以上赤くならないぐらいに赤くなった。
 ゼフィラス様は作り物のように綺麗で、優しくて、大人だ。
 だから剥き出しの欲望のようなものを一瞬感じて、男の人だったのだと、改めて思い知った。
 
「私……いやでは、ないのです。それに、何も知らない子供ではありません。でも、お手柔らかに、していただけると嬉しいです」

「……あぁ。君としたいことが、たくさんある。今日は……朝まで抱きしめて、眠ってもいいか?」
「は、はい……」

 私の手を握って、ゼフィラス様は微笑んだ。
 それから「蝋燭岩の、恋の願いが叶うという話は、本当だったのだな」と呟いた。


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