幼馴染の婚約者に浮気された伯爵令嬢は、ずっと君が好きだったという王太子殿下と期間限定の婚約をする。

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
70 / 162

 やり直しのキス 2

しおりを挟む

 今の私はゼフィラス様の想いを、信じることができる。
 すっかり枯れて萎れてしまった私の心の花は、新しく芽吹いて、再び咲こうとしている。

「こんなにすぐに心変わりをしてしまうなんて、軽薄な女だと思われるかもしれません。けれど……私は、自分の心を隠して、否定して、後悔するのは、もう、嫌なのです。だから……」

「リーシャ……リーシャ、君が好きだ。こんな日が来ることを、どれほど夢に見ただろうか」

 ゼフィラス様の指が、私の頬に触れる。

 私は、目を伏せた。
 恥ずかしさに、頬が勝手に染まっていく。心臓がうるさいぐらいに高鳴っている。

 ゼフィラス様が動く気配がする。何か熱を持ったものが、顔に近づいてくるのがわかる。

 唇に、柔らかい感触が触れる。
 そっと、啄むように。軽く触れて離れていく。
 
 ほんの微かな触れ合いなのに、体が熱を持った。
 心臓が激しく血液を体に巡らせている。呼吸をするのも忘れるぐらいに、甘い。

 緊張で体が強ばる。でも――恥ずかしくて、痛いぐらいに切なくて、嬉しい。

 芽吹き始めたばかりの恋心は、胸に灯った蝋燭のあかりのように心許ないものかもしれない。
 それでも、その芽生えた恋心を、私は強く抱きしめていたい。

 嵐が来ても、消えないように。
 何もかもを諦めかけていた私の、二度目の恋なのだから。

「……リーシャ」

 大切なものを呼ぶように、名前を呼ばれた。
 うっすらと瞳を開こうとすると、もう一度唇が重なる。

 傷つけないように、慎重に。
 そっと押し付けられて、離れていく。
 もう一度。もう一度。

 重なっては、離れていく。
 やわらかくて、優しくて甘い。胸が軋むみたいに、切ない。苦しい。幸せ。

「……っ、ん、ぁ……」
「好きだ、リーシャ。好きだ。……君だけだ、リーシャ。君しか、いらない」
「……ん」

 唇を、指先で辿られる。
 キュッと引き結んでいた唇を開くと、甘いため息みたいな声が出た。
 瞼を開くと、ゼフィラス様の綺麗な顔が驚くほどに近くにある。
 
 愛おしそうに私を見つめる瞳の甘さに、くらくらする。
 私に触れるものが、全部、甘くて優しくて、熱い。
 ハチミツの瓶の中に閉じ込められてしまったみたいに。パンケーキの上でとけるバターとクリームみたいに。

「好きだよ、リーシャ。……本当は、もっとしたい。ずっと、君に触れていたい」
「ゼフィラス様……」
「だが、我慢しなくてはな。今日は、ここまでに」

「どうして……?」
「無理強いをして、君に嫌われたくない。少しずつ、君と歩いていきたい。今まで手をこまねいて見ていることしかできなかった分を、ゆっくり取り戻していけるように」

「……我慢、しなくても、私は」

「リーシャ。私は君に、私は浅ましい男だと伝えた。それは、自虐でもないし誇張でもない。……だから、怖いんだ。許しを与えられたら、私は君をきっと泣かせてしまう。明日には、もう顔も見てもらえないかもしれない」
「あ、あの」

「正直、そのような無防備な姿の君を見ていると……自分を押さえつけるのに精一杯なほどに、苦しいぐらいだ」

 何を言われているのかが、なんとなくわかって、私はこれ以上赤くならないぐらいに赤くなった。
 ゼフィラス様は作り物のように綺麗で、優しくて、大人だ。
 だから剥き出しの欲望のようなものを一瞬感じて、男の人だったのだと、改めて思い知った。
 
「私……いやでは、ないのです。それに、何も知らない子供ではありません。でも、お手柔らかに、していただけると嬉しいです」

「……あぁ。君としたいことが、たくさんある。今日は……朝まで抱きしめて、眠ってもいいか?」
「は、はい……」

 私の手を握って、ゼフィラス様は微笑んだ。
 それから「蝋燭岩の、恋の願いが叶うという話は、本当だったのだな」と呟いた。


しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...