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やり直しのキス 1

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 本当に何も、覚えていない。
 フィーナの記憶はきちんと残っている。
 幼い私を助けてくれた、優しくて綺麗な女の人──これは、ゼフィラス様。

 ゼス様の記憶も、思い出すことができた。
 セイレーンに襲われて死を悟った私を助けてくれた、黒い騎士様──これも、ゼフィラス様。

 けれどその先のことは、記憶にぽっかり穴が空いたみたいに思い出せない。
 気づけば私は船の甲板に寝かされていて、それからのことはぼんやりとしか覚えていない。

 きっと、必死に蘇生をしてくれたはずだ。
 心臓を押して、唇を重ねて、息を吹き込んで。

 私は、だからこうして生きている。何もかもを、忘れて。

 一年前の蘇生が、私のファーストキスだなんてもちろん思わないけれど、ゼフィラス様はきちんと覚えているから、ゼフィラス様にとってはそうなのだろう。
 だから、やり直させて欲しい。

 はじめての記憶が、私も欲しい。

「リーシャ……期待を、してしまう。これでは、君がまるで、私を」
「……私は、あなたが好きです」

 ゼフィラス様はきつく抱きしめていた私から体を離すと、苦しげにそう言った。
 私はその困惑に揺れるガラス細工のように澄んだ瞳を見つめて、小さな声で口にする。
 好きだと伝えると、その言葉が、気持ちが、指先までじんわりと染み渡るように体を巡った。

 かつて私はクリストファーが好きだった。
 その気持ちが、新しい感情で埋め尽くされていく。差し伸べられた優しい手をとって、一歩前に踏み出したい。

 胸に芽生えた新しい気持ちを大切に包み込んで、なくさないように。

「いや、しかし……まだ、デートに誘って一日だ。私は君に、好かれるようなことは何もしていない。むしろ、自分の恥を晒しただけだ」

「……ゼフィラス様は、恥だと思うのですか?」
「あぁ」
「私は違います。……大切な、思い出です。思い出せて、よかった」

 記憶も感情も、とても曖昧なものだ。
 今日の朝の私と、今の私は、そっくり中身が変わってしまったぐらいに、違う。

 朝に降り積もった雪が、昼の日差しですっかり溶けて水に変わってしまうように。
 グラスの中の氷が、小さくなって溶けて消えてしまうように。
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