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 恋心の自覚 2

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 心が震える。
 私はゼフィラス様にひどいことを言ってしまった。

 ずっと、想ってくださっていたのに。
 義務感で求婚されたくない――というようなことを。それは、ゼフィラス様の心を侮辱したのと同じだ。

「ごめんなさい。……ごめんなさい、ゼフィラス様」
「リーシャ、謝ることは」

「私も嘘ばかりついていました。お手紙、嬉しかったんです。あんなに、愛の言葉が沢山書いてあるお手紙を貰ったのは、はじめてでした。学園で、私を守ってくださって嬉しかったです。ゼス様として、私を助けてくれたこと。孤児院をすぐに救ってくれたこと。全部――嬉しかった」

 私は自分がすごく、軽薄に思えていた。
 クリストファーを好きだった気持ちも本当で、裏切られて悲しかったのも本当。
 ずっと一人でいると決めたのだって、本気だった。

 でも――ゼフィラス様が私に感情を向けてくださって、それが、嬉しくて。
 ゼフィラス様が身分があって顔立ちもよくて、非の打ち所もない方だから、すぐに絆された――ように感じられて、嫌だった。

 嫌いではないけれど、好意を持つこともできない。だから結婚はしないのだと、自分に言い聞かせていた。

 嘘つきは、私だ。

「一人で大丈夫だと強がってばかりでした。でも、大切に、きちんと女性のように扱って頂くのが嬉しくて。嬉しい気持ちを否定しようとしていました。恋はしてははいけないと、自分に言い聞かせていました」

「リーシャ……私も同じ。これは恋ではないのだと言い訳をしながら、成長する君をずっと見ていた。恋だと自覚したときには君にはすでに婚約者がいて、私は自分を呪ったよ。心に言い訳ばかりして、何もしなかった自分のせいだと」

 背中に触れる手が、私を抱きすくめる体が、とても熱い。
 ガウンだけを羽織っているせいで、余計にゼフィラス様の体が近く感じられる。

 触れあう胸が、ゼフィラス様の胸板で押しつぶされて形が変わっているのが恥ずかしい。
 耳元で囁かれる切なく低い声が、私の世界の全てになってしまったみたいだ。

「私は、君以外はいらないと思った。君以外の女性は嫌いだ。だが君は、私のものにはなりそうにない。去年――君を助けて、蘇生の為にその唇に触れて。……君が目覚めるまで傍にいたいと思った。君を助けたのは私だと恩を売って、君の心の中に少しでも居場所を作りたいと、人助けをしているはずなのに、歪んだ欲望を抱いてしまった」

 懺悔のように、ゼフィラス様は続けた。

「ゼスとして君を助けたときも――私だと名乗り出たら、君は私を好きになってくれるのだろうかと、浅ましい思いを抱いてしまった。だから、黙っていようかとも思った。私は歪んでいて、卑劣だ。そんな自分を君に見せたくなかった」

「そんな風には、思いません」
「リーシャ、しかし、私は……」

「ありがとうございます、ゼフィラス様。……私を見ていてくださって。そんなに、激しく、私を想ってくださって」

 私は――新しい恋をしてもいいのだろうか。
 古い思いを捨てて、一歩、前に踏み出してもいいのだろうか。
 ゼフィラス様の気持ちに応えても――。

「……去年のこと、忘れてしまいました。私の、はじめてのキス、です」
「……私は、よく覚えている。命をつなぎとめるため。必死だった。けれど同時に、ひどく甘美で……背徳的だった」

「……覚えていたかったです。助けられたことも。全部。私、忘れてばかりです」

 私はゼフィラス様の腕をきゅっと掴んだ。
 クリストファーが好きだった私の十数年間が――まるで幻みたいに消えていく。

 軽薄だと思われてもいい。ひどい女だと思われてもいい。
 自分の心に、正直でありたい。

「リーシャ、今、はじめてと言った。婚約者とは、その……」

「なにもしていません。手を繋いだことも、数えるぐらいしかなくて。愛を囁かれたことも、思いだしてみると、ありませんでした」

「……すごく、嬉しい。すまない。君にとっては残酷なことなのに、嬉しいと、思ってしまって」

「ゼフィラス様。……私、覚えていたかったです。あなたとの時間を。だ、だから……その……今度は、忘れられないように、してくださいませんか……?」

 私は――なんて恥ずかしいことを言っているのだろう。
 けれど、自分の気持ちだ。自分で伝えなければ、誰も代わりに言ってなどくれない。

 私はもう、過ちを繰り返したくない。
 黙って、我慢して、なんでもないと笑って嘘をついて。
 失ってしまうのは、嫌だ。

「リーシャ……」

 低く掠れた声が私の名前を呼ぶ。ゼフィラス様の指先に、更に力が籠った。
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