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恋心の自覚 1
しおりを挟むゼフィラス様の腕の中で、私は小さく身じろいだ。
きつく抱きしめられて、痛いぐらいだ。
石鹸の香りが強い。ゼフィラス様は大きくて、まるで腕の中に閉じ込められているみたい。
ゼフィラス様には何度も助けられている。
抱き上げられたこともあるし、海の中では、抱きしめられた。
けれどそれは全て私を助けるためで――今は、違う。
「リーシャ、私は……君をずっと、想っていた。本当に、ずっと。自分でも呆れるほどに、長い間」
「……わかりません。私は」
「一年前君は、海に落ちた子供を助けた。その前には、貴族に絡まれている女性を助けた。それから、路地裏に連れ込まれそうになっている女性を助けて、金がなく食べ物を盗んだ子供を助けた」
「それは……」
王都を歩いていると、色々なことに遭遇する。
ゼフィラス様は、私でも忘れているようなことを、一つ一つ話してくれた。
「私は――ゼスとして、君を見ていた。私も、同じように王都を見回って歩いていたから、危険な場所に遭遇し、ためらいもせずに手を差し伸べる君を見かけることは多くあった。……私が見ていないところでも、君は人を助けていたのだろう」
「それは、当然のことです。私は恵まれた家にうまれました。だから、困っている人を助けるのは私の義務です」
「変わらないなと思ったよ、リーシャ。君は、変わらない。幼い君も、強い人になりたいのだと言っていた。人を守れるような、強い人に」
「……どうして、それを」
「リーシャ。君は一度、城で迷ったことがあるだろう?」
「はい。女の人に助けて貰いました。とても、綺麗な人で……」
顔はぼんやりとしか思い出せない。名前も、忘れてしまった。
その人は大広間の前まで私を案内すると、いなくなってしまった。
お父様やお母様にお話をした。お姫様に助けて頂いたのだと。
けれど両親は、お姫様はこの国には一人しかいない。そしてそのお姫様はずっと大広間にいたのだと言っていた。
「――それは、私だ」
「え……すごく綺麗な、女の人……」
「ずっと、言えなかった。自分がゼスだと名乗り出るのさえ、勇気がいった。王家のしきたりで、十五まで私は女として育てられていた。私は君に出会い、それからずっと……君を見ていた」
顔も名前も忘れてしまった綺麗な人。
迷子の私を助けてくれた人。
覚えている――その女性は、綺麗だと言われるのが嫌だと言った。
「ゼフィラス様……ゼス様……ふぃ、……フィーナ、様……」
フィーナと、名乗っていたのだったわね。
あのときの出来事が、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇ってくる。
蓋を閉めて倉庫の奥にしまっていた宝箱をお片付けの最中に見つけ出して、開いたときみたいに。
「――私は、秘密が多いな、リーシャ。どれもこれも、君に伝えられないものばかりだった」
「どうしてです? 約束しました、ゼフィラス様。人を助けられるような、強い人になろうって。頑張りましょうって、約束」
「あぁ。君との約束のおかげで、私はゼスになった。黒騎士ゼスは、君がいなくては存在しなかっただろう」
「教えてくれたら……」
「それを伝えて、何になっただろう。私はフィーナだと? 私よりも七歳も年下の君を想うような、気味の悪い男だと……とても、言えない。本当はずっと、隠しているつもりだったんだ」
秘密を伝えることの勇気を――私は、失念していた。
私にとってはなんでもないことでも、ゼフィラス様にとっては違う。
「ごめんなさい。……疑ってばかり、いました。私、嫌な女でした」
「そんなことはない。隠し事ばかりしていた私が悪い」
「ゼフィラス様。私にとっても……あのときの約束は、特別だったんです。強くあろうと、ずっと思っていました。人を助けるのが私の役割。どんなことがあっても、後悔しないと」
「……あぁ。君は変わらない。優しく強い人だ。だが、それは君の呪いになっていないだろうか。君は、苦しさも不安も、全部隠してしまう」
ゼフィラス様は私の髪を撫でて、唇を髪にうめた。
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