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 ゼフィラス・エルランジア 2

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 裏庭に続く回廊を歩いている最中、きょろきょろと周りを見渡しながら歩いている少女の姿を見つけた。
 回廊の窓からは、明るい日差しが入り込んでいる。
 四角く切り取られた光がいくつも並ぶ白い回廊を歩く少女は、空色の髪をしていて、飾り気の少ないシンプルな水色のドレスを着ている。

 どうやら、迷子らしい。
 海のような青い瞳が、忙しなく動いている。不安そうに、ここがどこかを確かめるように、景色を見ていた。

「迷子?」

 声変わりもすでにはじまっている私は、最近では滅多に言葉を話すことはなくなっていた。
 声を出すと男だと思ってがっかりすると姉に言われていたこともあるし、自分自身も嫌だったのだ。

 女の格好をして、男の声を出す自分が嫌だった。
 あと少しの辛抱だと、静かに耐えていた。
 久々に出した声は掠れた中低音で、自分はこんな声だったのだなと、自分自身で驚くぐらいだった。

「はい。迷ってしまいました」
「君は、どこから?」

「リーシャ・アールグレイスと申します。はじめまして。お城の中が綺麗で、美術品や絵画などを見て回っていたら、すっかり両親とはぐれてしまったのです。大広間に戻りたいのですが、道が分からなくなってしまいました」

 まだ幼い少女ながら、リーシャははきはきとものを言った。
 物怖じしない瞳が真っ直ぐに私を見上げる。

 子供の正直な瞳には、私はどう映っているのだろうか。

「では、私が案内してあげる」
「ありがとうございます、親切な方!」

「いいえ、気にしないで」
「あなたは、どなたですか?」

「……フィーナ」
「とても美しいですね。あなたのような綺麗な人、私、はじめて見ました」

「……そう」
「綺麗と言われるのは、好きではないのですか?」

「そうだね。好きではない」
「おそろいですね。私も、綺麗とか、可愛いとかは、くすぐったくて苦手です。私は強くなりたいのです。伯爵家というのは皆を守る立場にあるのですから、誰かを守れるような強い女になりたいのです」

 リーシャの海のような瞳に、すっかり拗ねて自分を失った、矮小な男が映っていた。
 私はまるで横面を殴られたような心持ちだった。

 こんな幼い少女がきちんと考えているのに、私は――何をしているのかと。

「そうだな。……私も、そういう人間に、なりたい」
「では、一緒に頑張りましょう!」

 リーシャは私の手を握って、にっこり微笑んだ。
 私の中の暗闇に、無意識のうちに気づいていたのかもしれない。

 リーシャは私の暗闇を、一瞬のうちに明るく照らしてくれた。
 
 恋に落ちた――というわけではない。
 さすがに、恋に落ちる相手としてはリーシャは幼すぎた。

 けれど私の中の何かはそれですっかり変わってしまった。
 街に降り、ゼスとして街に溶け込んだ。

 仮面とローブで身分を隠し、冒険者として人々を守るために魔物を討伐し続けた。
 困っている者がいたら手を差し伸べ、悪辣な者がいたら秘密裏に処理をすることもあった。

 ゼスとして生きる私は、自分の怒りを自由に外に出すことができた。
 人助けとして行う暴力も、暴言も――全て自由で、楽しかった。
 
 これは、リーシャが与えてくれたものだ。
 あのときあの回廊でリーシャが迷子になっていなかったら、きっと私は未だ世を拗ねたまま、ろくでもない王になっていただろう。

 公務で、パーティーで、祝賀会で――時折城に訪れるリーシャを、遠くから見ていた。
 あのときの女の格好をしていた男だとは、とても言い出せなかった。

 リーシャは徐々に美しくなっていった。
 美しいが、それは他の女性とは違う。透き通った海のような、力強く精悍な美しさだった。
 
 もっと近くで見たい。話しかけたい。君が、どんな人なのかを知りたい。
 心の中に押し込めていた欲求はどんどん膨れ上がり、それがはっきり恋だと自覚したときにはすでに手遅れだった。
 
 以前から交流のあったリーシャの兄を呼び出して、婚約の打診をそれとなく切り出してみたが――リーシャには大切な幼馴染みがいるのだと、困ったように言われた。

 年齢が離れすぎている。リーシャは幼く、私は大人だ。
 リーシャが大人になるまで待っていた私が、愚かだったのだ。


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