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縮まる距離 1
しおりを挟む入浴を終えて、髪や体を拭くと、用意してあったガウンを羽織る。
厚手のガウンの紐を結んで、鏡で自分の姿を確認した。
しっとりと湿った髪や、温まって上気した頬。ガウンだけを羽織った体。
こんな姿をゼフィラス様に見せるのは恥ずかしかったけれど、ずっと浴室にこもっているわけにはいかない。
扉を開いて遠慮がちに部屋に戻ると、そこには上半身裸になったゼフィラス様がいた。
「あ、わ……」
「リーシャ、体はあたたまったか? 寒気はしないだろうか、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。お待たせしてしまって、ごめんなさい。ゼフィラス様もお風呂に」
「あぁ、そうさせてもらう」
ゼフィラス様の体は、私の体とは全然違う。
胸もあついし、肩もがっしりしている。骨張った体は、男性という感じだ。
顔がお綺麗だからつい忘れそうになるけれど、ゼフィラス様は体格がいい。
黒騎士ゼス様をもう一つの顔として持っているのだから、それはそうなのだろうけれど。
服を脱ぐと出てくる筋肉の鎧に、がっしりとした体つきに、どぎまぎしてしまう。
男性の裸体など見る機会はないから、見てはいけないものを見てしまった気がして視線を彷徨わせた。
照れてしまった私が何か間違っているのかと思えるほどに、ゼフィラス様は冷静だった。
私と入れ替わりで浴室に向かうゼフィラス様を見送って、私はベッドに座った。
ふかふかでふわふわの高級ベッドだ。
海辺を意識してだろうか、白と水色という爽やかな色合いでシーツやクッションは整えられていて、ベッドフレームや天蓋の柱は濃い茶色になっている。
天蓋があると、落ち着く。
狭い場所に隠れているみたいな感じがするからかもしれない。
温まった体が重たい。自然に瞼が落ちてきてしまう。
ルーグはホテルの厩に預けてある。馬も白狼もお世話の仕方は基本的にはそう変わらない。
びしょ濡れになって戻ってきた私たちを見て、無邪気に尻尾を振っていた。
海で遊んできてよかったね、と言われているようだった。
白狼のふかふかの体を抱きしめたい。お日様の香りがする毛並みに顔を埋めて、大きく息を吸い込みたい。
海に落ちた女の子や、船の乗客たちが無事でよかった。
でも──。
『海で溺れるなど、伯爵令嬢としての傷になる』
そう、お父様が言っていた。私はまた繰り返してしまった。
後悔はないけれど、だから私はクリストファーに嫌われてしまったのかもしれない。
そして、ゼフィラス様ももしかしたら──。
今まで私は自分が正しいと思ったことを、信じていた。
人助けは、当然のことだ。
困っている人がいたら真っ先に手を差し伸べる。それが恵まれた家に生まれた私の義務だと考えていた。
それって、でしゃばりとか。偉そうとか。ともかく、女性としては嫌われる行動だったのかもしれない。
「……それでも、あの子が助かってよかった」
自分に言い聞かせるようにして呟いた。
信じていた人に裏切られてからの日々は、今まで当たり前だったものが当たり前ではなくなるみたいに、なんだか別の世界に迷い込んでしまった心許なさを感じるものだ。
私が私でなくなってしまう。
恋をしないなんて強がりだ。
今は、ゼフィラス様に嫌われるのが怖いと思っている。
嫌われるのが怖いのは――好き、だから……?
「リーシャ、疲れただろう? 少し眠るか」
いつの間にか、ゼフィラス様が戻ってきていた。
海水でパサついていた髪が、艶やかな銀色を取り戻している。
黒いガウンから覗く首筋や胸元が逞しくて、私は慌てて視線を逸らした。
「大丈夫、です。私は、元気で……」
「……隣に座っても?」
「は、はい」
いそいそとベッドから起き上がって、乱れたガウンを直す私の隣に、ゼフィラス様は座った。
石鹸の爽やかな香りがする。
私と、同じ香りだ。
「濡れた服は洗って乾かしてもらえるように、ホテルメイドに頼んでおいた。君の兄には状況を伝える手紙を書いて、届けてもらうように手配した。明日まで帰らないと。挨拶には明日伺うと勝手に決めてしまったが、かまわないか」
「はい……」
泊まるということよね。
ゼフィラス様は私の体を案じてくださっている。
だからゆっくり休んだほうがいいとか、濡れた服が明日には乾くとか、それだけの理由だろう。
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