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遊覧船と蝋燭岩 2
しおりを挟むややあって、出港の合図とともに船はゆっくり動き出した。
大きい船なのでそこまで揺れないけれど、それでも足元がおぼつかない感じがある。
「では、神秘の洞窟にも行ったことがありませんか?」
「あぁ。恥ずかしながら」
「じゃあ、次は神秘の洞窟に行きましょう! 遊覧船も開放感があっていいですが、洞窟も素敵なのです。船に寝転がって洞窟の中を船に乗って揺蕩うのです。海も洞窟も、青く輝いて、すごく綺麗で……」
王都に住んでいらっしゃるのに、神秘の洞窟に行ったことがないなんてもったいない。
本当に綺麗な場所だもの。
思わず、興奮気味に捲し立ててしまった。
「必ず行こう、リーシャ。君から誘ってもらえるなんて、嬉しい」
「私……」
ふと自分の失態に気づいて、私は俯く。
自分から――ゼフィラス様をデートに誘うのは違う。
私はゼフィラス様とは期間限定の婚約者だ。
結婚しないと決めて、一年間だけだからと了解をした。
「リーシャ、あまり気負わないでほしい。もちろん私は君が好きだが、君は……そうだな、私を友人のように思っていてくれると嬉しい」
私は、不誠実なのではないかしら。
ゼフィラス様の優しさに甘えて。でも、恋はしないって、言い張って。
「リーシャ。君は、君のままでいればいい。楽しいことを楽しいと感じて笑ってくれていれば、私はそれで十分だ」
「……ゼフィラス様、どうして、私なんかを」
「なんか、ではない。私にとってリーシャはこの一年ずっと、思い続けていた人だよ」
「どこかで、お会いしましたか?」
「……街で、君を見かけた」
「それは嘘、という気がします。見かけたぐらいで……こんなに優しくしてくださるのは、不思議です」
船はゆっくりと沖合にある蝋燭岩に向かって進んでいく。
岩の外周をぐるりと回って、桟橋に戻るのだ。
蝋燭岩から離れた場所で船は少し止まる。
運が良ければ、夕日が落ちて蝋燭の形をした岩に、炎が灯るように輝いて見えるのだ。
「……そうだな。それは嘘だ。私は、君に会っている。だがきっと、君は覚えていない」
「覚えていない……」
何か、特別なことがあったかしら。
頭の中にある記憶の箱を、幾つも開いて確認していく。
一年前。私は学園の二年生。
クリストファーは忙しくて、デートもほとんどしなかった。
誘われることもなかったし、たまに誘っても「すまないな」と言って、断られてしまっていた。
だから私は、一人で街を歩くようになって。
一年前の今頃──私は今日と同じように遊覧船に乗っていたのだ、一人で。
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