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遊覧船と蝋燭岩 1

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 遊覧船乗り場の前でルーグを止めて、ゼフィラス様は先に降りるとルーグの上から私を降ろしてくださった。

「さぁ、行こうかリーシャ」
「あの、ゼフィラス様。心配なことがあるのですけれど」

「心配?」
「はい。ゼフィラス様は、とても目立つでしょう? 変装など、しなくていいのかと思いまして」

「あぁ、そのことか。今日の私は、身分を隠していない。ゼフィラスとして、君とデートをしている。だからこのままでいい」

 ゼフィラス様はルーグに「待っていてくれ」と伝えて軽く頭を撫でると、私の手を引いて桟橋に向かう。

 港に突き出た桟橋の横に、立派な遊覧船が止まっている。

 これは王都の湾状になっている海を一周ぐるっと回ってくるものだ。
 そのほかにももっと小さめの船で、船でないと行くことのできない、美しい青い海の洞窟──神秘の洞窟に行くコースもある。

 ゼフィラス様の存在は、他のお客さまたちをざわつかせていたけれど、ご本人は何も気にしていないようだった。
 堂々と私の手を引いて、遊覧船の受付の女性にチケットを渡して桟橋に向かう。

 桟橋から船には、船に乗るための橋がかけられている。
 船が揺れるので、この橋もゆらゆらゆれて、少し怖い。
 
 私はいつも一人だったから、怖がっても仕方ないしと思って、大丈夫なふりをして乗り込んでいた。
 けれど、揺れる橋とその下に広がる海面を見てしまうと、足を踏み外したら落ちてしまうという恐怖が胸に湧いてくる。

「リーシャ」

 でも──今日は、ゼフィラス様が手を引いてくれている。
 揺れる橋も、怖くない。
 一人で乗った時だってもちろん楽しかったけれど、今も、楽しいと思ってしまう。

「足元に気をつけて。滑らないように。海に落ちたら大変だ。もちろん、君が海に落ちたら私が助けるから安心してほしい」
「落ちませんよ、大丈夫です」

「万が一ということもある」

「はい。ではその時は、お願いします」
「もちろん。だが、できる限り落ちないように、私の手に掴まっていてくれ」

 ゼフィラス様は、優しい。
 こんな風に、大切な女の子を相手にするみたいに優しくしてもらったことはなかった気がする。

 比べても仕方ないってわかっているのに、どうしても記憶の中のクリストファーが思い出されてしまう。

「……ゼフィラス様は、優しいです。こんなに大切にしてもらったこと、なかったので」

「船に乗るだけで優しいと褒められたら、困ってしまうな。私はリーシャが好きだ。だから、もっと優しくしたいと思っているし、君の手を引いて歩けるのだから、私はとても幸せだよ」

「ありがとうございます。……嬉しいです」

 なんて言っていいのか分からなくて、心に思い浮かんだ言葉を伝えた。
 優しくして貰うと嬉しい。だから、嬉しいと伝えたい。
 でも――。
 心の中に小さな棘がある。

 優しくされてすぐに嬉しくなって。軽薄ではないだろうか。
 この気持ちは、よくないのではないかと。

 船の中にも座席はあるけれど、お客さんたちはほとんど甲板に出て外を見ている。
 それが遊覧船の醍醐味だからだ。

 海鳥に餌をあげることもできるし、潮風に吹かれてぼんやりすることもできる。

 私たちも甲板に向かった。
 広い甲板の手すりに掴まって、空を見上げる。

 海風が髪を揺らして、柔らかい日差しが空から降り注いでいる。
 潮の香りがする。餌をもらえると思ったのだろう、海鳥が近くの空を飛んでいる。

「すごく、気持ちいいですね、ゼフィラス様」
「実を言えば、観光船に乗ったのは初めてなんだ」

「そうなのですね、すごく慣れているから、何度も乗ったことがあるのかと思いました」

 ゼフィラス様も私の隣で、軽く手すりに手を突いている。
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