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金貨袋の有効活用 1

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 アールグレイス家までゼス様に送ってもらい、お別れをした。
 家に戻った頃にはもう夕方になっていて、ゼス様は「ずいぶん歩いたが大丈夫か」と、終始心配してくれていた。

 暇さえあればよく街をうろうろしているので大丈夫だと答えると「珍しいな、君は貴族なのに」と言っていた。

 メルアは大丈夫だろうか。
 もしあの孤児院で何かが起こっているのだとしたら、孤児院から抜け出したことで罰を受けなければいいけれど。

「お兄様、王都の孤児院でまともにお金が使われていないようなことがあるのでしょうか」
「どうしたの、急に」
「今日、迷子の女の子を孤児院に送り届けたのです。どうやら、その孤児院ではまともに食事を与えていないらしくて」
「そうなんだね。まぁ、あるだろうね」
「ありますか?」
「王都は広いからね。国というものはもっと広い。土地が広くて人が多いほど、細かい管理などはできなくなるものだよ」

 夕食の最中にお兄様に質問すると、お兄様はあまり感情的になる様子もなく答えてくれる。
 アシュレイ君が「でも、かわいそうだよ」と呟いた。

「うん。かわいそうだね。でも、アシュレイの腕には何人の人間が抱えられると思う?」
「うーん……一人かなぁ。リーシャなら抱っこできるかも」
「ふふ、ありがとう、アシュレイ君」

 私の名前を最初に出してくれたので、私は微笑んだ。
 例えば私やお兄様がある日突然亡くなってしまって、アシュレイ君がメルアのようになったらと思うと、余計に胸が痛んだ。

「リーシャしか抱えられない腕で、他のかわいそうな人たちを抱え続けたら、アシュレイは潰れてしまうよね」
「うん……そうなのかな」
「かわいそう、助けてあげたいと思うのは、素晴らしいことだけれど、この国は大きい。全てのかわいそうな人たちを、助けることなんてできない」
「……それは理解できますけれど、少し冷たい感じもします」

 お兄様は正しいのだと思うけれど。
 でも──。

「リーシャ。私たちは貴族だ。私たちにできるのは、自分の領地に住む人々ができる限り安心して豊かに過ごすことができるように尽力すること。そして君は貴族なのだから、君の見て感じたものを、然るべき場所へと伝えることができるだろう?」
「はい、確かにそうです」
「全て自分一人でなんとかしようとは思ってはいけないよ。君ができることを、すればいい」
「王家に、奏上すればいいということですね。……それは、ゼス様がしてくださると言っていました。王家に、知り合いがいるのだと」
「……ゼスと、また会ったの?」
「たまたま、ご一緒して……」

 お兄様はやれやれというように軽く頭を振った。

「ゼスが一緒だったのなら、大丈夫だよ、きっと。明日には……その孤児院も、まともになっているのではないかな」
「明日には?」
「うん。私の方でも情報を集めておいてあげるよ。そうでないと、リーシャは心配して家を抜け出して、孤児院に行ってしまいそうだしね」
「……ええと、それは」
「君は、行動力があるから」
「お兄様を心配させないように、気をつけてはいるのですよ」

 翌日、私はお兄様に断りを入れてから、エルフエディル孤児院へと向かった。
 北地区は治安がよくないので、お兄様の護衛をしているアルバさんにも一緒に来てもらった。

 アルバさんはもともと傭兵をしていた方だ。
 お兄様が傭兵斡旋所で雇った護衛で、腕が立つのと礼儀正しいという二つを満たしていることから、そのまま我が家で雇うことになった。

 今年で三十歳になるというアルバさんは、黒い獅子の立て髪のような髪に青い瞳の凛々しい方で、お兄様の護衛であり、アールグレイス家の兵士の方々を束ねる役割をしている。

 アールグレイス伯爵家には護衛の兵士が多い。
 これは、お兄様やお父様が商売で成功していることに関係している。

 お金がある家というのは、悪い人に狙われやすいのだという。
 だから、私が酒場で身分を名乗ってしまったのは完全な悪手だった。
 あの時は焦っていたから、きちんと考えることもできなかったのだけれど。

 昨日はゼス様と一緒だったし、身分を名乗っても問題はなかったと思う。
 あぁでも、ゼス様がいなければきっと私、孤児院に乗り込んでいただろうし、一人で解決しようとして事態を悪化させていたかもしれない。
 
 ゼス様もお兄様も大人だ。
 私も、大人にならないといけないわね。
 これからは──自分の身は自分で守らなくてはいけないし、一人で生きていくのだから。

「アルバさん。あの……ごめんなさい」
「どうして謝るのですか、お嬢様」
「アルバさん、グエスと結婚するはずだったのに、私の婚約破棄のせいで、先送りになったのではないかなと思って……グエス、私が結婚しないと、自分も結婚できないって言うから」

 私はもう結婚しないし、恋もしないのだとグエスに宣言したら「お嬢様、そんな悲しいことを言わないでくださいよ」と泣かれてしまった。
 それなので、グエスとはそれ以上私の結婚についての話ができていない。

「気にしないでください。結婚しようがしまいが、私はグエスが好きです。結婚なんてのは、ただの契約にしか過ぎませんよ」
「……アルバさん、すごいですね。アルバさんみたいな人と、私も出会えていたらよかったです」

 並んで歩きながら、私は感嘆のため息をついた。
 グエスはよい方を選んだ。私は、見る目がなかった。

 アルバさんは苦笑まじりに「もういい歳ですからね、私は。この年であまり浮ついたことを言うのも恥ずかしいですから」と言った。
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