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迷子のメルア 1

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 私はゼス様に「ゼス様、ごちそうさまでした! では、私はこれで!」と頭を下げて挨拶すると、泣きじゃくっている女の子の元へと駆け寄る。
 通り過ぎる人たちは心配そうに視線を送っているけれど、どうしていいのかわからないのだろうか、誰も話しかけない。

 それは多分、女の子の見た目が明らかにぼろぼろだからだろう。
 くたびれた服に、ほつれた髪。痩せた体。
 明らかに訳ありだとわかる見た目をしている。

「どうしたの? 迷子?」

 女の子の前にしゃがみ込んで、私は尋ねた。
 困っている人は、放っておけないもの。
 それに昔、私も──あれはいつのことだったかしら。季節ごとにある王家主催のお祝いの舞踏会に、両親に連れて行ってもらった時、迷子になった経験がある。 
 お城で迷子になっている時に、親切な方に助けられたのよね。
 どなたかかは忘れてしまったけれど、とても綺麗な女性だった気がする。お名前も、聞かなかったけれど。
 
 だから、両親とはぐれて泣いてしまう気持ちがよくわかる。
 迷子とは怖いものなのよね。

「うっ、うっ……ひっく……っ」
「大丈夫よ、私があなたのご両親を探してあげる。だから、何があったか教えてくれる?」
「うぅ……っ」
「迷子か?」
「うぁああああんっ」

 私の隣にぬっと現れたゼス様の姿に、女の子はさらに泣き出してしまった。

「ゼス様、お帰りになられたのでは?」
「君がこの子を助けにいくのを見ていて、放ってはおけない」
「で、でも、ゼス様はお忙しいと思いますし、私一人で大丈夫です」
「特に予定もない。忙しくはない。だが、怖がらせてしまったな、すまない」

 ゼス様は口元を手で押さえると、うつむいた。
 多分落ち込んでいるのね。
 それにしても私、どうしてこうなのかしら。素直に、ありがとうございますって言えばいいのに。

 一人で大丈夫だって、いつも言ってしまう。

 反省している場合ではないわね、ともかく今は女の子だ。

「大丈夫よ、この方は黒騎士ゼス様。仮面を被ったヒーローなんです」
「ひーろー?」
「皆を助ける職業の方のこと。だから、安心をして」
「うん……」

 私はハンカチを取り出して、女の子の涙に濡れた顔を拭いた。
 ハンカチを女の子に持たせると「それは、あげるわね」と伝えた。

「もらえない……」
「いいのよ。ハンカチは我が家にたくさんあるのだから」
「で、でも、こんなに、綺麗なの、だめ」

「気にしないの。私のお兄様はよく言うわよ。貰えるものはなんでも貰えって。ありがとうって貰った方が相手は喜ぶし、貰った自分も嬉しい。だから、素直に貰った方がお得なんだって」
「よくわからない。……でも、ありがとう」

 女の子はやっと少し泣き止んだ。
 私が女の子を落ち着かせて、噴水のそばにあるベンチに座らせていると、ゼス様が露店でジェラートを買ってきてくれた。
 三角形のコーンに、切り立った山みたいに葡萄とバニラのジェラートがこんもり盛られている。

「怖がらせてしまった詫びだ。食べられるか?」
「いいの?」

「あぁ」
「ありがとうございます」

 女の子はゼス様からジェラートを受け取ると、恐る恐ると言った感じで、ペロリと舐める。
 ジェラートにはスライスアーモンドとマカロンで作ったうさぎちゃんがのっている。

 それに気づいたのか、女の子は嬉しそうににっこり笑った。
 それから、パクリと食べ始める。

「美味しい……! こんなに美味しいの、はじめて食べた」
「そう、よかった」
「あぁ。よかった」

 私とゼス様は女の子がジェラートを食べ終わるまで、女の子を挟んでベンチに座って待った。
 ゼス様に「君も食べるか?」と聞かれたけれど、先ほどパンケーキを食べたばかりなので流石に遠慮をした。

「ありがとうございます、おいしかったです」
「よかった。それで……何があったの? お母さんたちとはぐれてしまったの?」

「お母さんは、いないの」
「じゃあ、お父さん?」
「お父さんもいないの」

 両親は、いない。
 だとしたら──。

「あなたは……」
「お母さんとお父さん、馬車に轢かれて死んじゃった」
「……そうなのね」

 女の子はこくんと頷いた。

「あなたの名前は?」
「わたしは、メルア」
「どうして泣いていたの?」

「……孤児院から、逃げて、家に帰ろうとしたの。でも、家の場所、わからなくて。孤児院、どこにあったかもわからなくて」
「つまり、迷子ね」
「うん」

 メルアは、膝の上で私のあげたハンカチを握りしめている。
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