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お人好しリーシャ 2
しおりを挟む春も近いこの時期はまだ少し肌寒い。
だから皆、室内で食事をしている。
ミランダ様は寒くないのかしらと思っていると、私たちの分の食事をてきぱきとテーブルに準備をしてくれたセルヴァスさんが、もの凄い早さで屋外用薪ストーブに火をともし、私とミランダ様の膝に膝掛けをかけてくれる。
ぬくぬくだわ。なんて待遇がいいのかしら。
セルヴァスさんは何も言わずに再び影のように後ろにさがった。
私が「ありがとうございます」とお礼を言うと、口元だけ微笑んでくれる。
「ミランダ様も、ありがとうございます。あの、心配してくれたのですか?」
「心配ですって!? そんなわけがないじゃない。私は愚かな女の愚かさを嘲笑いにきたのですわ!」
ミランダ様は口元を扇で隠して、ころころ笑った。本気だ。目が本気だわ。
「ま、食べなさい。食欲がないとは言わせませんわよ。私が用意した食事ですものね」
「ありがとうございます……」
ミランダ様が美しい所作で、肉の塊を口にするのを眺めて、私も牛肉のヒレステーキを小さく切って口に入れた。
ミランダ様はお肉が好きだ。
だいたいいつもお肉を食べてる。
もそもそお肉を食べる私を、ミランダ様は半眼で睨んだ。
「不景気な顔をするのはおやめなさい。私は言ったのですわ、何度もあなたに。あなたの婚約者の不義を疑えと」
「うぅ……そうですね、猛省しています」
「あの愚か者は、あなたからの手紙を皆に見せびらかしておりましてよ。私も読みましたわ。なんですのあの文面は」
「何時間も考えました」
「何時間も考えてあれですの? 前から思っておりましたけれど、あなた、天下無双のお人好しですわ」
「て、天下無双……」
「ええ。王国お人好し大会が開かれたら、あなたは無双できること間違いなし。お人好しの覇者になれますわよ」
ちっとも嬉しくない。
私はもう一口、もそもそお肉を食べた。
もそもそ食べてはいるものの、牛肉のヒレステーキはいつ食べても美味しい。
「ともかく。あなたの直筆のあの文面があるからこそ、あの愚か者たちは臆面もなく堂々としていられるのですわ。まったく、私に先に相談をしてくれたらよかったのに」
「ミランダ様に?」
「私をなんだと思っておりますの? あなたのお友達ですのよ!」
「ミランダ様……」
私は少しだけ泣きそうになった。
なんだか、人の悪意よりも今は、優しさの方が胸にくるものがある。
「くよくよするのはおやめなさい。目が覚めたと思って、お人好しは卒業することですわね。あんな二人に、挨拶をする必要も、にこにこ媚びへつらう必要もありませんのよ」
「……でも、クリストファー様は公爵家のご子息ですし」
「私も公爵家の長女ですことよ」
「それはそうですけれど」
「卒業までは私があなたの傍にいます。私があれよりもずっとずっといい男を探してさしあげますわ」
「傍にいてくれるのは嬉しいです。でも、男性は遠慮します」
ミランダ様の申し出を私は断った。
「あら? どうしてですの。失恋の痛手を癒すのは、いつだって新しい恋。もしくは友情。もしくは暴食と決まっておりますのよ」
「友情は嬉しいです。暴食については気をつけます」
「では、恋は?」
「私……結婚はしなくてもいいかなって思っているのです。もう懲りました。仕官先をみつけて、働きます」
「働く? アールグレイス伯爵家の事業は順風満帆だと記憶しておりましてよ。私のお父様も、あなたのお兄様の商才には一目置いているぐらいですわ」
「そうですけれど、いつまでも家の世話になるわけにもいきませんし。ちゃんと働いて、自分で稼いで、暮らしていこうかなって思っています」
「まぁ……」
ミランダ様はやれやれというように首を振った。
けれど否定をしたり、馬鹿にしたりはしなかった。
人の気持ちを踏みにじらないところが、ミランダ様のいいところなのよね。
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