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ベルガモルト家からの謝罪 1

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 クリストファーの浮気が発覚して、ゼス様に助けていただいた翌日。
 
 今日も学園はお休みなので、私は朝遅くまで眠っていた。
 正直に言えば、昨日の夜はあんまり眠れなかった。
 怖いこともあったし。嫌なこともあったし。
 
 やっと眠りにつけたのは明け方で、浅い眠りの中で何度もクリストファーの夢を見た。

「私、クリスと結婚してあげる」
「僕も、リーシャと結婚する」
「私のこと、好き?」
「うん。リーシャは、強くて、逞しくて、お母さんみたいだから!」

 悪夢だわ。
 私、すっかり浮かれていたのね。
 お母さんみたいって、褒め言葉じゃないわよ。

 でもきらきら輝く笑顔でそんなことを言われて、私はクリストファーに好かれてるって信じてた。
 昔は頼りなかったクリストファーの背がどんどん伸びて、格好よく、男らしくなっていって。

 態度にも口にも、恥ずかしくてあんまり出せなかったけれど。
 その顔を見るたびに、いつも心臓がうるさく高鳴った。

 誰にでも優しいところとか。
 身分を気にせずに誰にでも話しかける気さくなところとか。笑顔が可愛らしいところとか。
 私、クリストファーが好きだった。

 胸にぽっかり穴があいて、そこを冷たい風が通り抜けていくみたいだ。

 シルキーのことだって、私は好きだった。
 シルキーとは聖フランチェスカ学園で出会った。
 たまたま隣の席に座って、いろいろ話すようになって。
 
 まだ婚約者がいないというシルキーは、引っ込み思案で、男性が苦手なのだと言っていた。
 
「クリス様とは、緊張せずにお話しすることができます。リーシャの婚約者だから、身構えなくていいのですね、きっと」
「クリスは優しいから、困ったことがあったら頼るといいわよ」

「嬉しい。ありがとうございます、リーシャ」
「いいわよね、クリス」
「もちろん、構わないよ」

 うぅう……馬鹿だわ、私。
 浮かんでは消えていく記憶は、まるで愚かな女の備忘録。
 
 私が二人のなかを取り持ったのだわ。何も気づかずに。
 昼食だって一緒に食べていたし、シルキーとクリストファーが二人きりで過ごすことも結構あった。

 私は仲良しなのはいいことよねなんて、深く考えてもいなかった。
 私の好きな人たちが、仲良くなるのはいいことだもの。

 それは時々は、他のお友達に「シルキーとクリストファー様は親し過ぎではありませんこと?」「リーシャ、大丈夫なの?」「注意したほうがいいわよ」なんて言われていたけれど。

 私は気にしていなかった。クリストファーが誰にでも優しいのは以前からで、それはクリストファーの美徳だって思っていたし。
 クリストファーの人間関係に口を出したりはしたくなかった。

「……馬鹿だわ、私」

 すっかり日が登った自室のベッドに転がりながら、私は呟いた。
 男性たちに襲われる夢も見たけれど、夢の中でゼス様が男たちをボコボコに退治して山積みにしてくれたから、それは怖くなかった。

 だから多分、目覚めた時に涙がこぼれていたのは、失恋の痛手からまだ回復していないせい。

 わかっているのよ、自分が馬鹿だったって。
 お友達たちも、きっとそう思ってる。
 もしかしたら、知らぬは私ばかりなり、みたいな状況だったかもしれないもの。
 
 でも。わかってはいるけれど、昨日の今日で失恋の痛みがスッキリなくなっているはずもなくて。

「……明日から、どうしよう」

 本当にどうしよう。
 明日から、まだ学園の卒業までは数週間ある。
 授業はもう終わっていて、士官先がまだ決まっていない人たちが、先生と士官先とやりとりをしたりしている。
 そのほかには、卒業の式典の準備やら、委員会の引き継ぎやら。

 行かなくても、いいといえばいいのだけれど。

 そうすると私──婚約者を奪われて家に引きこもった、可哀想な女みたいになってしまうわよね。

 それって、アールグレイス伯爵家の娘として、すごく情けない。

「リーシャ、入っても?」

 部屋の扉がノックされて、お兄様の声がする。

「ま、待ってください、私、まだベッドにいまして……」
「そのまま寝ていていい。話だけしたいのだけれど」
「はい……」

 相手はお兄様だからまあいいかと、私は了承の返事をした。
 その途端に、扉がバタンと開いて、お兄様を小さくしたような可愛らしい少年が部屋の中に放たれた矢のような勢いで突っ込んでくる。

「リーシャ!」
「アシュレイ君……っ」
「おはよう、リーシャ! 大丈夫? リーシャに悲しいことがあったって、みんなが朝から言ってる。僕、すごく心配で……!」
「ありがとう、アシュレイ君」

 ベッドに寝ている私の上に飛び乗ってくるアシュレイ君を、私は抱き止めた。

「具合が悪いの? もうお昼なのに、まだ寝ている……」
「こら、アシュレイ。部屋にいなさいと言ったのに。どこに隠れていたのやら」
「だってお父様、リーシャの具合が悪いかもしれなくて」
「具合は悪くないわ、アシュレイ君。大丈夫よ。寝坊してしまっただけよ」

 アシュレイ君は、お母様を亡くしてまだ一年。
 お義姉様はベッドに寝付きがちな人だった。そして、そのまま寝込む時間が長くなり、眠るように亡くなっている。
 そのせいか、昼過ぎまで寝ている姿を見るというのは、怖いことなのよね、多分。
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