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 ルーベルト・アールグレイス 2

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 グエスの指示で、他の侍女が私の体を隠すための長いショールを持ってきてくれる。
 履き物と、それから暖かい紅茶も用意される。

 馬車で私の送迎をしてくれていた従者たちがお兄様に謝ろうとするので、「私のせいですから、休んでください」と言ってさがってもらった。

 お兄様にはきちんと事情を話さなくてはいけないけれど、皆の前で話すのはやっぱり気が引ける。

 グエスには部屋に残ってもらい、お兄様とグエスと三人になった。
 私はソファに座って、暖かい紅茶を一口口にする。

 ふぅっと息を吐き出して、今日起こったことを話した。

「実を言えば、お兄様には内緒にしていたのですけれど、今日のデート、クリストファーに断られてしまっていました」
「ではリーシャは一体誰と観劇に行ったんだい?」

「一人で」
「一人で!? そんな……私を誘ってくれたらよかったのに」

「アシュレイ君を置いて観劇に一緒に行こうなんて言えませんし。私、結構一人が好きなのです」
「……しかし。まぁ、今は、それはいい。それで何があった?」

「劇を楽しんだ帰りに、クリストファーに会いました。クリストファーは私のお友達のシルキーとデートをしていて……浮気を、していたんです」
「なんてことだ……」

 お兄様は額に手を当てて、首を振りました。
 そして「あの子はいい子だと思っていたのに」と、がっかりしたように呟きました。

「私、我慢ができなくて。その場で、クリストファーを叩きました。浮気を責めると、婚約を解消しようって言われて……クリストファーは、シルキーのような女性が好きなのだそうです」
「一体リーシャにどんな不足があるというのか。こんなに可愛いのに」

「お兄様、それは兄の欲目というものですよ」
「欲目でもいい。私にとっては王国一可愛くて賢い、自慢の妹だよ」
「ありがとうございます」

 私の落ち度を、何か指摘されるかと思った。
 けれどそんなことはなくて、お兄様が私の髪を撫でてくれるので、私は安堵の息をついた。

「そこまでは理解できた。でも、どうしてリーシャがこんなにぼろぼろにならなくてはいけない?」
「私……お恥ずかしい話なのですが、浮気をされたショックで、馬車に戻らずにそのまま街の酒場に駆け込んだのです」
「その格好でかい?」

「はい、この格好で」
「リーシャ……」

「ご、ごめんなさい、反省しています、二度としません……! 私、怖い思いをしそうになりました。けれど、それを黒の騎士様が助けてくださって……」
「黒の騎士というと……あの冒険者の……いや、まさか、そんな……」

「お兄様?」
「いや、いいんだ。しかし偶然居合わせた……? 黒の騎士が?」
「はい」

「そう……ともかく、リーシャが無事でよかった」
「ゼス様のおかげです。必ずお礼をすると、約束しました」

「うん。そうだね。それがいい。……何もなかったんだね? 傷つけられたりは」
「この通り、無事です」

 私は両手を握って、無事だとアピールしてみせた。
 グエスは涙ぐみ「なんて酷い……」と呟いて、お兄様は労わるように私の手を握ると「ゆっくり休みなさい、リーシャ。後の処理はお兄様がしておくから」と言ってくれた。

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