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霊長類最強エニード様

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 右手には剣を、背中に弓を、そして優雅なドレスを装備して、エニードは一気に、空に浮かぶ二頭の翼竜の前まで飛びあがった。

 魔物使いの男は危険を察知したのか翼竜の綱を引いて逃げようとしているが、当然、エニードの方が早い。

 その目にもとまらぬ電光石火の速さに、そして、一見淑女に見えるエニードが目の前に飛び出てきたことに、ディアブロは目を丸くして驚いている。

 その身体能力もクラウスとはまるで違う。鍛えていない者の反応だ。

「軟弱な体に軟弱な魂。貴殿の何もかもが、クラウス様には劣る。潔く、認めろ」
「少し、速く走れるからなんだと言うのだ!」
「少しではない」

 エニードは強い光を称える眼力で、翼竜たちを見据える。
 エニードの『騎士団長の威圧』を前に、翼竜たちは怯えた。
 デルフェネックにも有効だったが、翼竜たちもエニードの威圧の前に戦意を喪失し、その頭をさげる。

「よし、いい子だ。私の足場になれ」
「何をしている、早く逃げろ!」
「空を飛ぶものに跨り自分が強くなったと錯覚するのは、人として一番恥ずかしい行為だ」

 竜騎士とは、竜が強いわけではないのだ。
 竜に騎乗できるほどに鍛えている、騎士が強いのである。
 鍛えてもいないディアブロが竜に跨っていても、それは竜騎士とは言えない。

「弓で射落とされなかっただけ、ありがたいと思え」

 エニードは軽々と片足でディアブロの乗っている翼竜の翼の上に着地すると、もう一度そこを足場として跳ね上がり移動し、ディアブロの顎を体を一回転させながら蹴りあげる。

 綺麗に尖った顎にエニードのヒールのある靴の鋭利な先端が突き刺さり、ディアブロは見事に弧を描きながら弾き飛ばされて、翼竜から落ちていく。

 ただの人間など、エニードの敵ではない。
 ディアブロは今の蹴りの衝撃で意識を失ったのか、綺麗に落下してエニードの予想通り、公爵家の薔薇の生垣の中にどさりと落ちた。

 クラウス程ではないが見栄えのいい男が、大輪の薔薇が咲き誇る茨の茂みに絡み取られるとは、中々に耽美な光景である。ラーナが見たら喜ぶかもしれない。
 いや、ラーナも恐らくディアブロが嫌いなので、喜ばないかもしれない。

 薔薇の棘がディアブロの服を切り裂き肌に突き刺さったが、それぐらいの怪我は懲罰の内である。

「さて」

 エニードは、従えた翼竜の上にすくっと立った。
 エニードほどになると、翼竜に跨るのではない。その背に立つことも可能だ。

 騎士団でも、何頭か翼竜を飼っている。
 竜騎士を志願する者もいるのだ。だが、一兵団を築けるほどには、翼竜の数がいない。
 訓練の一つとして、翼竜に乗ることもあるが、エニードは基本的には跨らない。
 ジェルストやエヴァンには「変な乗り方をしないでください」と言われるが、跨ると身動きが取りづらいので、背中に立つのが一番いいとエニードは思っている。

「アイスドラゴンか。悪人に加担して、人に害をなすというのなら、少し痛い目を見てもらう必要がある」

 翼竜たちやデルフェネックには威圧が有効だったが、アイスドラゴンには通用しない。
 エニードも、全ての魔物や動物を従えることができるわけではないのだ。

 アイスドラゴンの傍に、魔物使いの男が逃げている。
 エニードは翼竜の綱を掴み、軽く引いた。アイスドラゴン元にエニードを乗せた翼竜が一直線に飛んでいく。

 アイスドラゴンの体が一瞬大きく膨れた気がした。
 その口から、氷のブレスを吐くのを察知したエニードは剣を構える。
 臓腑さえ凍り付かせるほどのブレスがアイスドラゴンの口から放たれた。
 
 白い突風と雪の結晶の混じるブレスを、エニードは両手で構えた剣で、断ち切る。
 剣から放たれた衝撃波がブレスを散らし、霧散させた。

「本当に、人間か……?」
「全盛期の祖父は、ドラゴンのブレスを軽く腕を振るだけで散らすことができたという。私はまだまだだ」

 魔物使いの男は、震える声で呟いた。
 エニードなどはまだ、未熟である。もちろん誰よりも強いが、全盛期の祖父のほうが強いのだ。
 理想には、まだ遠い。

 翼竜の背を蹴って空高く飛び上がったエニードの背後には、太陽が輝いている。
 逆光と、アイスドラゴンのブレスの残滓である、雪の結晶の中で輝くエニードは──まさしく、雪花だ。

「どんな事情があろうとも、悪に加担した時点で、悪だ。悪いが、断罪させてもらう」

 エニードは、アイスドラゴンの体を両断──したように見えた。
 実際には跳ね飛ばされたのは頭からはえる二対の角のうち一方だった。
 エニードの体ほどの大きさのある角は頭から切り落とされて、地面にぼとりと突き刺さる。
 
 空から落下しながらエニードは弓を取り出し番える。
 再度ブレスを吐こうとしているアイスドラゴンの口の中めがけて矢を射ろうとしたところで、エニードの目の前に翼竜に乗った魔物使いが飛び出してきた。

「ごめんなさい、お願いです! アイちゃんを傷つけないでください……!」
「アイちゃん……?」

 魔物使いの男は仮面をとり、ぼろぼろ泣きながらエニードに懇願し、頭をさげた。
 謝罪ができる者を必要以上に苦しめる趣味のないエニードは、すっかり戦意をそがれて矢を手放した。
 地面に落下する前にくるくると回転して体勢を整えると、とすっと、地面に降り立った。

 駆け寄ってきたクラウスが、両手をさしだしている。
 どうやらエニードを受け止めようとしてくれていたらしい。
 エニードは「ありがとうございます、クラウス様。空中戦も得意なのです」とお礼を言いながら、クラウスに剣を返した。

 視界の隅では、キースの主導の元、ディアブロが茨の中から兵士たちによって救出されて、縄でしばられている。
 マリエットとレミニアが両手をふりながら「もっときつく縛って!」「やってしまいなさい、キース!」と、応援していた。

「エニード、無事か、怪我は……!?」
「見ての通り、怪我はなく、私の勝ちです」
「無事でよかった……」

 剣を鞘に戻したクラウスが、心底エニードを心配しながらぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
 親犬とはぐれた子犬が、やっと親犬を見つけたような仕草だ。
 エニードの強さははっきりと目の前で見たのだろうに、それでも心配するのだから。

 ──本当に、可愛い人だなと思う。

 エニードはクラウスの背中を安心させるために、ぽんぽんと叩いた。

「大丈夫ですよ、クラウス様。見ての通り私は強いのです」
「もちろん、それは理解した。だが君は私の妻だ。私が君を守らなくてはいけなかったのに」
「よいですか、クラウス様。獅子も、実は雌の方が狩りが得意なのです。それと同じ。強い私があなたを守る。何も間違っていません」
「だが……君が怪我をしたらと思うと、私は……っ、私には君のように戦うことはできないが、だからといって君に危険なことをさせるのは……!」
「あ、あの……」

 抱き合いながら押し問答していると、遠慮がちに魔物使いの男が話しかけてくる。
 いつの間にか、アイスドラゴンがエニードたちの前にお行儀よく座り、その隣に二頭の翼竜もお行儀よく座り、その前で魔物使いの男が土下座をしていた。

 クラウスがぎゅうぎゅう抱きしめてくるので、土下座をして謝られていることにさえ気づかなかった。


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