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料理は愛情
しおりを挟むルトガリア家の者たちがてきぱきと、庭に白いクロスのかけられたテーブルをいくつも準備する。
エニードのつくったクイーンサーモンの香草焼きを並べて、飲み物のグラスと水差しや果実水のボトル、花瓶にいけた花などを飾り、さながらパーティーの様相である。
「どういうつもりなの、クラウス。使用人たちと食事のテーブルを共にしようというの!?」
「私が命じました。ご不快なら、お帰りになられてはいかがか」
その様子に、マリエットが肩を怒らせている。
「あなたもあの男と同じ血が流れているのよ。使用人を特別扱いするのね。そのうち、使用人に手を出すのではないかしら」
「いい加減にしてください。私は、エニード以外の女性を愛したりはしません……! 私がどのような思いで生きてきたか、あなたになど理解できないでしょう」
「それは私の台詞だわ……! あなたは私の言うことだけを聞いていればいいの、この女を追い出して、レミニアと結婚なさい!」
「クラウス様、お義母様、それを決めるための料理対決です。ちょうど昼時ですし、食事にしましょう。私もお腹がすきました」
再びクラウスが激怒しているので、エニードはクラウスの背中をよしよし撫でた。
クラウスが捨てられた子犬のような顔をするので、エニードは少し背伸びをしてその頭も撫でた。
さきほどは撫でることができなかったので、さきほど撫でられなかった分も熱心に撫でておいた。
クラウスはなんとも切なげな顔をして、エニードに向かって両手を広げる。
これは、犬がよくやる服従のポーズである。
アルムも撫でているとお腹を出して両手を広げる。お腹を撫でて欲しいのだ。
「クラウス様、よい腹筋です。よく鍛錬をしていますね、感心です」
「え、エニード……あ、あぁ、ありがとう」
エニードはクラウスの腹部を撫でた。きちんと硬いので、褒めた。
やはりクラウスはよく鍛えているようだ。もちろんエニードよりは弱いが、ジェルストやエヴァンぐらいは強いのではないか。
顔立ちは女性的なのに、なかなか見どころがある。騎士団長として、鍛えている者には敬意を払うエニードは、感心した。
クラウスは苦労をしているので、きっと強くなる必要があったのだろう。
護衛の兵も雇えなかったのではないか。
やはり、この方はこれから私が守らなくては──と、エニードは決意を新たにした。
「クラウス様、落ち着いてください」
「落ち着いている、大丈夫だ、キース」
「とても人には見せられない、はしたない顔をしています」
「主に対してそういうことを言うのはどうかと思うぞ」
エニードが離れると、キースが何をクラウスに耳打ちした。
一瞬、エニードは、クラウスは男が好きなのでキースとも愛人関係という可能性も──と、思ったが、そういった詮索はよくないのでその考えを打ち消した。
本人に尋ねたわけでもないのに、恋愛関係を勝手に想像してはいけない。
今のところクラウスについて分かっているのは、セツカに恋をしていた、というただ一点だけである。
料理人の用意した焼き菓子やら、エニードが昨日お土産にと渡したあとにさっそく研究をして作ったらしい豆大福も、クロカンブッシュのようにタワー状に盛り付けられて飾られた。
エニードは「豆大福の新しい形ですね」と、料理人たちに声をかけると、彼らはものすごく嬉しそうに「下の豆大福が潰れないように、中にガラス製の高杯を入れて盛っているのです」と説明してくれる。
豆大福タワーである。ラーナが見たら手を叩いて喜びそうだ。
ルトガリア家は楽しい場所なので、今度ラーナも連れてきてあげよう。
キースもラーナに会いたいと言っていた。二人の境遇は似ているので、もしかしたらいい友人になれるかもしれない。
などと考えていると、レミニアがそわそわと落ち着かない様子で視線をさまよわせていることに気づいた。
「レミニア様、どうされましたか」
「エニードさん。な、なんでもありません」
「そうですか」
なんでもないと言っているものを無理に聞き出すことはないかと、エニードは頷いた。
レミニアから離れようとすると、ひしっと腕を掴まれる。
「何かありましたか」
「エニードさんは皆様の分まで料理を用意したのに、私はクラウス様の分、一皿だけ……それが、申し訳なくて」
「そんなことですか。気にする必要はありません、これは料理対決なのですから。私が皆の分まで魚を焼いたのは、魚が大きかったからです。焼かなければ鮮度が落ちますし、食べなければ獲物に失礼です。ここには大勢人がいるので、都合がよかったというだけです」
「……ふふ、そうなのですね。エニードさんは不思議な方です。まるで、王子様と話をしているみたいです」
「私は王族ではありません」
確かにエニードは、騎士団長セツカとして仕事をしていると女性たちから「王子様」と呼ばれることがある。
王族ではないから失礼だと注意をすると、きゃあきゃあ言われた。
不思議に思い首を傾げていると、ジェルストに苦笑しながら「王子様のように格好いいと言っているのですよ、女性たちは」と教えられた。
エヴァンは「私も時に、王子と呼ばれます」と言っていた。
エヴァンは口数が少ない男である。女性たちからは『氷の王子』と呼ばれている。
王族ではないのに王子とは、不思議なものである。
「レミニア。私のエニードに勝手に話しかけるな」
「……なんて狭量な男なのでしょう」
「何か言ったか」
「い、いえ……クラウス様、私の料理を召し上がってくださいね、そして私を妻にしてください」
レミニアも大変だなと思いながら、エニードはクラウスを連れて席につくように促す。
先に席についていたマリエットが、睨みつけてきた。
「野蛮人のように、湖で魚をとってきたのだと聞いたわ。その辺の湖でとった魚が美味しいわけがないじゃない。レミニアの東牛は、滅多に手に入らない高級食材なのよ」
「そうですか。虹鱗クイーンサーモンも珍しくはあるのですが、どんな食材でも、心を込めて料理をすればご馳走になるものです。そこには愛情が入っていますから。私は、祖父が焼いた肉が一番美味しいと思っています」
「クラウスには愛情を込めたのでしょうが、私のためにあなたが愛情をこめて料理を作れるわけがないじゃない」
「お義母様は、クラウス様のお母様で、私のお義母様です。クラウス様がご苦労をなさったように、お義母様もご苦労をなさっているのでしょう」
「あなたに何がわかるの!」
エニードを怒鳴りつけるマリエットに、クラウスが何か言おうとするのを、エニードはクラウスの頭を撫でて落ち着かせた。
アルムも拾ってきたときは、親をレッドドラゴンに殺されたせいか他者を信用せずにエニードを威嚇をしていたが、撫でると落ち着いたものである。
「使用人たちに猜疑心があるのは、過去の苦痛を思い出すからだと理解しています。ですので、その苦労を労わるために愛情を込めました。私があなたの夫であれば、あなたに苦労はさせなかったでしょう」
「……っ、何を言うの、そんなことで絆されると思ったら大間違いよ!」
そう思ったからそう言っただけなのだが、マリエットは眉間の皺を深くして、ふんっと、エニードから視線をそらしてしまった。
これ以上は何か言っても無駄だろうと、エニードは審査員席のテーブルから離れて、レミニアの隣に並んだ。
「それでは──料理対決の審査にはいらせていただきます。審査員は、クラウス様とマリエット大奥様。票が割れたら無効試合となりますが、マリエット大奥様がどうしても自分も審査員をするというので仕方ありません。クラウス様、どうぞお召し上がりください」
いつの間にか、キースが試合の司会者のようになっている。
クラウスとマリエットはテーブルに並び、それぞれナイフとフォークを手にした。
まずはレミニアの東牛のステーキから。
もくもくと、クラウスは皿に取り分けられた肉を口に運ぶ。
マリエットは一口食べる度に「美味しいわ、流石はレミニア!」と高らかに絶賛した。
レミニアがエニードの分の肉も皿にとりわけてもってきてくれたので、エニードはありがたくいただいた。
空腹だったし、エニードは肉が好きなのである。
レミニアの作ったステーキは、さすが高級食材という味がして、とても美味しい。
肉ならどれも好きなエニードだが、高級東肉を食べることができたのが嬉しくて、いっぱい口にふくんでもぐもぐごくんと食べ終わると、にこにこした。
「美味しいです、レミニア様。とても柔らかいですね」
「え……っ、は、はい、とても柔らかいのです、私……触りたいのでしたら、どうぞ……!」
「牛肉の話ですが」
「そ、そうですよね、牛肉の話でした!」
触る、どこを? もう皿の上の肉は食べ終わったのに?
と、エニードが首を捻ると、レミニアはわたわたしながら居住まいを正した。
クラウスとマリエットは、エニードの作ったクイーンサーモンの香草焼きを一口食べる。
クラウスは目を見開き、マリエットはカランと、フォークを落とした。
料理がさめるから早く食べて欲しいと促していた使用人や侍女たちも、それぞれサーモンを一口食べて、驚いた顔をする。
「美味しい……! エニード、私はこんなに美味しい料理を、はじめて食べた……」
果たして噂通りに口から虹が出るのかと、エニードは若干わくわくしながら見守っていたのだが、流石に口から虹は出なかった。
その変わり、クラウスの瞳から綺麗な雨粒のようにぽろりと涙が落ちた。
そして、マリエットは──わっと、テーブルにつっぷして泣き始めた。
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