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義兄弟の馴れ初め

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 二人の少年が森の奥へと歩いていく。
 一人は口元にいつも笑みを浮かべているよく笑う少年、ジェルストである。
 もう一人は、口元を生真面目に引き締めた少年、エヴァンで、軽やかに森の奥へと進んでいくジェルストの後を、周囲を警戒しながら追っていく。

「ジェルの父上は、昔は立派な騎士だったらしいな」
「ふぅん」
「村のものたちが言っている」
「母さんに捨てられて、おかしくなったんだよな、多分」

 ジェルストが、木製の模造刀で目の前の草むらをかき分ける。
 村からほど近い森である。いるのは鹿や猪、小型の魔物程度のものだ。
 森の手前には木材加工所と伐採所があり、ある程度は人の手が入っている。

 とはいえ、小型の魔物が出るのだ。村の少年少女は危険だから近づかないが、ジェルストとエヴァンにとっては格好の鍛錬場所だった。

 森の奥に、湖があるのを二人で発見した。そこでは魚がよく採れる。
 だが、二人は村のものたちには言わなかった。秘密の場所にしておきたかったからである。

 その湖を拠点として、さらにどこまで深部に行けるかと、探検をしていた。
 手付かずの森は広大で、一歩奥地に入ると来た道を見失い、方角さえ分からなくなる。

 だが、騎士になるのだから危険な鍛錬ぐらいは当然だと、二人は森を進んでいく。

「なぜ君の母は、家族を捨てたんだろうか」
「そういうの、本人に聞くか、普通? エヴァは変だよなぁ」
「そんなことはない」
「ほんと、変。俺はあんまりよく覚えてないんだけどさ、母さんってのはどっかの貴族のご令嬢だったらしい。それで、父さんと駆け落ちして村に流れ着いたんだってさ」
「そうなのか」
「うん。でもまぁ、村での生活に馴染めないし、金もないし、贅沢なんてできないし。俺の世話は大変だしで、たまたま村に立ち寄った吟遊詩人と浮気して、逃げたんだと。それだけ」

 ジェルストには母の記憶はあまりない。ただよく苛立っていたし、怒っていたことは覚えている。
 家事が下手で、料理も下手で、赤子の世話もろくにできず、村の女性たちに助けられても頭を下げてお礼を言うことさえできなかった。
 うまくいかないことを、若気の至りで父と駆け落ちしたせいだと、それから世話のかかるジェルストのせいだと、三日に一回は取り乱しながら口にして、そのあと、声もかけられないぐらいに塞ぎ込むような女だった。

 母がいなくなる少し前から、父は酒に逃げるようになっていた。
 母が消えると、父の酒量は増えた。ろくに金もないくせに、どこから手に入れてくるのか酒ばかり飲んでいる。
 村のものたちはジェルストを哀れんだが、村の中ではジェルストは流れ者の息子。
 所詮は他所者である。

 放っておかれたし、冷たくされることの方が多かった。
 エヴァンも、ジェルストとは遊んではいけないとしょっちゅう言われているぐらいだ。

 大人のいうことなど聞いてたまるかと、二人とも考えていたので、何を言われようがあまり気にしてはいなかったが。

 草をかき分けながら母の話をしていたジェルストは、ふと足を止めた。

「どうした?」
「し……っ、人の声がする」

 表情を固くして、木に張り付くようにして隠れる。
 草むらの先に、人の気配がした。それから、話し声も確かに聞こえる。
 音を立てないように、声のする方へとじりじり近づいていった。
 木々に囲まれた少し広くなっている平らな場所に、野営地のようなものがある。

 そこでは幾人かの目つきの鋭い男たちが、顔を突き合わせて話し合いをしていた。

「それで、決行は今夜だったか」
「あぁ、今夜だ」
「どうやって中に入るんだ?」
「ランベルド様が中に入れてくださるんだとよ」

 男たちの話を聞いて、エヴァンの眉がピクリと動いた。
 ランベルドとは、エヴァンの家の執事の男である。いつも父に頭をさげてばかりいるが、どこか暗さがあり、エヴァンは好きになれなかった。

「成金男爵がいけすかねぇんだろ。いつも頭を叩かれてばかりいるらしいしな。我慢の限界が来て、俺たちを引き入れて男爵やその家族を殺して、金を奪おうって寸法さ」
「怖いねぇ」
「取り分はあるのか?」
「なんせ金持ちらしいからな。財産の半額は貰うつもりでいる」

 多額の金が手に入ると、男たちはいろめきだった。
 エヴァンは青ざめ、ジェルストは眉をよせる。
 今のは、どこからどう聞いても、強盗の計画だ。
 しかも、首謀者はランベルド。エヴァンの家が、山は所有をしているが金はないという状態の時から、父に付き従っている男だった。

「どうする、エヴァ。村に戻って大人に報告するか?」
「いや、駄目だ。その間に逃げられるかもしれない」
「じゃあどうする?」
「僕は騎士だ。当然、戦う」

 エヴァンが戦う決意を固めた時、男たちがにわかに殺気だった。

「誰だ!?」
「誰かいるのか!?」
「貴様らを、倒しに来た!」
「えっ、あ、馬鹿!」

 ひとまず隠れて計画を練ろうとジェルストは考えたが、エヴァンは模造刀を握りしめると草むらから飛び出した。
 男たちに真っ直ぐに向かっていく。
 エヴァンが模造刀で斬りかかろうとする。
 だが、男たちは笑いながら、エヴァン洋服を掴むと、軽々とその体を持ち上げた。

「離せ!」
「今の話を聞いていただろう。誰かに言われたら困るんでな」
「かわいそうだが、ここで死んでもらわなくちゃならねぇ」

 エヴァンに向かい、男の一人がナイフを突きつける。
 ジェルストは頭の中がかっと熱くなるのを感じた。だが、冷静になれと自分に言い聞かせる。
 男たちはエヴァンが一人だと思っているようだ。未だ身を潜めているジェルストには気づいていない。

 ジェルストは足元の小石や砂を鷲掴みにした。
 それから素早く男たちに近づいていくと、エヴァンを持ち上げている男の顔に小石や砂を投げつけた。

 顔に衝撃を受けて、男は両手をじたばたさせた。
 エヴァンの拘束が外れて──それからは、無我夢中で男たちに模造刀を振り上げ続けた。

 気づいた時には男たちは模造刀で殴られて顔中を腫らしながら、地面に倒れ伏していた。
 ジェルストとエヴァンは、肩で息をしながらしばらく無言で立ち尽くした。

 そしてどちらともなくはっと気づいたように顔を上げると、模造刀を空に掲げて、触れ合わせて打ち鳴らした。

「やった!」
「やったな、ジェル」
「あぁ、エヴァ」
「助けてくれてありがとう。二人でなければ、死んでいた」
「それは俺も同じだ」

 二人は男たちを、探索のために持っていた縄で縛ると、それぞれの父に報告に行った。
 いつもは飲んだくれてばかりいるジェルストの父は、正気に戻ったように、ジェルストの話に驚き、息子の無事を喜び、よくやったと褒めた。

 いつもは他人を馬鹿にしてばかりいるエヴァンの父は、ランベルドを追い詰めたことを反省し、エヴァンの無事を泣きながら喜んだ。だが、罪は罪だ。ランベルドと男たちは捕縛された。
 それから、ジェルストとエヴァンは失われるはずだった命を救ったのだと、村の皆から褒め称えられた。

 エヴァンの父から、二人にそれぞれ扱いやすい短剣が渡された。
 
 ジェルストとエヴァンは名前入りのおろそいの短剣を、お互いの前に差し出すと、交換をした。

「俺たちは、義兄弟になろう、エヴァ」
「もちろんだ、ジェル。血はつながっていないが、もっと深い絆で、僕たちはつながっている」

 ──そうして、ジェルストとエヴァンは義兄弟になったのである。

「……ふぁ」

 そこまで、二人の過去について聞いた話の記憶をたどり思い出して、エニードはあくびを噛み殺した。
 もうとっくに、朝日がのぼり、部屋が明るくなっている。
 だというのに、クラウスは一向に起きる気配がなかった。

 綺麗な顔で、安らかに、すやすやと眠りについている。
 エニードはとっくに起きていたのだが、なんせ、クラウスの長い手足がエニードに、タコのように絡みついていて、離れることができない。

 仕方ないので暇を潰すために、昨日途中までで途切れてしまった義兄弟の馴れ初めについて、思い出していたというわけである。



 
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