35 / 55
義兄弟の馴れ初め
しおりを挟む二人の少年が森の奥へと歩いていく。
一人は口元にいつも笑みを浮かべているよく笑う少年、ジェルストである。
もう一人は、口元を生真面目に引き締めた少年、エヴァンで、軽やかに森の奥へと進んでいくジェルストの後を、周囲を警戒しながら追っていく。
「ジェルの父上は、昔は立派な騎士だったらしいな」
「ふぅん」
「村のものたちが言っている」
「母さんに捨てられて、おかしくなったんだよな、多分」
ジェルストが、木製の模造刀で目の前の草むらをかき分ける。
村からほど近い森である。いるのは鹿や猪、小型の魔物程度のものだ。
森の手前には木材加工所と伐採所があり、ある程度は人の手が入っている。
とはいえ、小型の魔物が出るのだ。村の少年少女は危険だから近づかないが、ジェルストとエヴァンにとっては格好の鍛錬場所だった。
森の奥に、湖があるのを二人で発見した。そこでは魚がよく採れる。
だが、二人は村のものたちには言わなかった。秘密の場所にしておきたかったからである。
その湖を拠点として、さらにどこまで深部に行けるかと、探検をしていた。
手付かずの森は広大で、一歩奥地に入ると来た道を見失い、方角さえ分からなくなる。
だが、騎士になるのだから危険な鍛錬ぐらいは当然だと、二人は森を進んでいく。
「なぜ君の母は、家族を捨てたんだろうか」
「そういうの、本人に聞くか、普通? エヴァは変だよなぁ」
「そんなことはない」
「ほんと、変。俺はあんまりよく覚えてないんだけどさ、母さんってのはどっかの貴族のご令嬢だったらしい。それで、父さんと駆け落ちして村に流れ着いたんだってさ」
「そうなのか」
「うん。でもまぁ、村での生活に馴染めないし、金もないし、贅沢なんてできないし。俺の世話は大変だしで、たまたま村に立ち寄った吟遊詩人と浮気して、逃げたんだと。それだけ」
ジェルストには母の記憶はあまりない。ただよく苛立っていたし、怒っていたことは覚えている。
家事が下手で、料理も下手で、赤子の世話もろくにできず、村の女性たちに助けられても頭を下げてお礼を言うことさえできなかった。
うまくいかないことを、若気の至りで父と駆け落ちしたせいだと、それから世話のかかるジェルストのせいだと、三日に一回は取り乱しながら口にして、そのあと、声もかけられないぐらいに塞ぎ込むような女だった。
母がいなくなる少し前から、父は酒に逃げるようになっていた。
母が消えると、父の酒量は増えた。ろくに金もないくせに、どこから手に入れてくるのか酒ばかり飲んでいる。
村のものたちはジェルストを哀れんだが、村の中ではジェルストは流れ者の息子。
所詮は他所者である。
放っておかれたし、冷たくされることの方が多かった。
エヴァンも、ジェルストとは遊んではいけないとしょっちゅう言われているぐらいだ。
大人のいうことなど聞いてたまるかと、二人とも考えていたので、何を言われようがあまり気にしてはいなかったが。
草をかき分けながら母の話をしていたジェルストは、ふと足を止めた。
「どうした?」
「し……っ、人の声がする」
表情を固くして、木に張り付くようにして隠れる。
草むらの先に、人の気配がした。それから、話し声も確かに聞こえる。
音を立てないように、声のする方へとじりじり近づいていった。
木々に囲まれた少し広くなっている平らな場所に、野営地のようなものがある。
そこでは幾人かの目つきの鋭い男たちが、顔を突き合わせて話し合いをしていた。
「それで、決行は今夜だったか」
「あぁ、今夜だ」
「どうやって中に入るんだ?」
「ランベルド様が中に入れてくださるんだとよ」
男たちの話を聞いて、エヴァンの眉がピクリと動いた。
ランベルドとは、エヴァンの家の執事の男である。いつも父に頭をさげてばかりいるが、どこか暗さがあり、エヴァンは好きになれなかった。
「成金男爵がいけすかねぇんだろ。いつも頭を叩かれてばかりいるらしいしな。我慢の限界が来て、俺たちを引き入れて男爵やその家族を殺して、金を奪おうって寸法さ」
「怖いねぇ」
「取り分はあるのか?」
「なんせ金持ちらしいからな。財産の半額は貰うつもりでいる」
多額の金が手に入ると、男たちはいろめきだった。
エヴァンは青ざめ、ジェルストは眉をよせる。
今のは、どこからどう聞いても、強盗の計画だ。
しかも、首謀者はランベルド。エヴァンの家が、山は所有をしているが金はないという状態の時から、父に付き従っている男だった。
「どうする、エヴァ。村に戻って大人に報告するか?」
「いや、駄目だ。その間に逃げられるかもしれない」
「じゃあどうする?」
「僕は騎士だ。当然、戦う」
エヴァンが戦う決意を固めた時、男たちがにわかに殺気だった。
「誰だ!?」
「誰かいるのか!?」
「貴様らを、倒しに来た!」
「えっ、あ、馬鹿!」
ひとまず隠れて計画を練ろうとジェルストは考えたが、エヴァンは模造刀を握りしめると草むらから飛び出した。
男たちに真っ直ぐに向かっていく。
エヴァンが模造刀で斬りかかろうとする。
だが、男たちは笑いながら、エヴァン洋服を掴むと、軽々とその体を持ち上げた。
「離せ!」
「今の話を聞いていただろう。誰かに言われたら困るんでな」
「かわいそうだが、ここで死んでもらわなくちゃならねぇ」
エヴァンに向かい、男の一人がナイフを突きつける。
ジェルストは頭の中がかっと熱くなるのを感じた。だが、冷静になれと自分に言い聞かせる。
男たちはエヴァンが一人だと思っているようだ。未だ身を潜めているジェルストには気づいていない。
ジェルストは足元の小石や砂を鷲掴みにした。
それから素早く男たちに近づいていくと、エヴァンを持ち上げている男の顔に小石や砂を投げつけた。
顔に衝撃を受けて、男は両手をじたばたさせた。
エヴァンの拘束が外れて──それからは、無我夢中で男たちに模造刀を振り上げ続けた。
気づいた時には男たちは模造刀で殴られて顔中を腫らしながら、地面に倒れ伏していた。
ジェルストとエヴァンは、肩で息をしながらしばらく無言で立ち尽くした。
そしてどちらともなくはっと気づいたように顔を上げると、模造刀を空に掲げて、触れ合わせて打ち鳴らした。
「やった!」
「やったな、ジェル」
「あぁ、エヴァ」
「助けてくれてありがとう。二人でなければ、死んでいた」
「それは俺も同じだ」
二人は男たちを、探索のために持っていた縄で縛ると、それぞれの父に報告に行った。
いつもは飲んだくれてばかりいるジェルストの父は、正気に戻ったように、ジェルストの話に驚き、息子の無事を喜び、よくやったと褒めた。
いつもは他人を馬鹿にしてばかりいるエヴァンの父は、ランベルドを追い詰めたことを反省し、エヴァンの無事を泣きながら喜んだ。だが、罪は罪だ。ランベルドと男たちは捕縛された。
それから、ジェルストとエヴァンは失われるはずだった命を救ったのだと、村の皆から褒め称えられた。
エヴァンの父から、二人にそれぞれ扱いやすい短剣が渡された。
ジェルストとエヴァンは名前入りのおろそいの短剣を、お互いの前に差し出すと、交換をした。
「俺たちは、義兄弟になろう、エヴァ」
「もちろんだ、ジェル。血はつながっていないが、もっと深い絆で、僕たちはつながっている」
──そうして、ジェルストとエヴァンは義兄弟になったのである。
「……ふぁ」
そこまで、二人の過去について聞いた話の記憶をたどり思い出して、エニードはあくびを噛み殺した。
もうとっくに、朝日がのぼり、部屋が明るくなっている。
だというのに、クラウスは一向に起きる気配がなかった。
綺麗な顔で、安らかに、すやすやと眠りについている。
エニードはとっくに起きていたのだが、なんせ、クラウスの長い手足がエニードに、タコのように絡みついていて、離れることができない。
仕方ないので暇を潰すために、昨日途中までで途切れてしまった義兄弟の馴れ初めについて、思い出していたというわけである。
738
お気に入りに追加
2,123
あなたにおすすめの小説
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
王太子殿下の子を授かりましたが隠していました
しゃーりん
恋愛
夫を亡くしたディアンヌは王太子殿下の閨指導係に選ばれ、関係を持った結果、妊娠した。
しかし、それを隠したまますぐに次の結婚をしたため、再婚夫の子供だと認識されていた。
それから10年、王太子殿下は隣国王女と結婚して娘が一人いた。
その王女殿下の8歳の誕生日パーティーで誰もが驚いた。
ディアンヌの息子が王太子殿下にそっくりだったから。
王女しかいない状況で見つかった王太子殿下の隠し子が後継者に望まれるというお話です。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
侯爵の愛人だったと誤解された私の結婚は2か月で終わりました
しゃーりん
恋愛
子爵令嬢アリーズは、侯爵家で侍女として働いていたが、そこの主人に抱きしめられているところを夫人に見られて愛人だと誤解され、首になって実家に戻った。
夫を誘惑する女だと社交界に広められてしまい、侍女として働くことも難しくなった時、元雇い主の侯爵が申し訳なかったと嫁ぎ先を紹介してくれる。
しかし、相手は妻が不貞相手と心中し昨年醜聞になった男爵で、アリーズのことを侯爵の愛人だったと信じていたため、初夜は散々。
しかも、夫が愛人にした侍女が妊娠。
離婚を望むアリーズと平民を妻にしたくないために離婚を望まない夫。というお話です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
両親の愛を諦めたら、婚約者が溺愛してくるようになりました
ボタニカルseven
恋愛
HOT1位ありがとうございます!!!!!!
「どうしたら愛してくれましたか」
リュシエンヌ・フロラインが最後に聞いた問いかけ。それの答えは「一生愛すつもりなどなかった。お前がお前である限り」だった。両親に愛されようと必死に頑張ってきたリュシエンヌは愛された妹を嫉妬し、憎み、恨んだ。その果てには妹を殺しかけ、自分が死刑にされた。
そんな令嬢が時を戻り、両親からの愛をもう求めないと誓う物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる