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果たして子作りはできるのか
しおりを挟むクラウスとは王都で思いのほか長い時間を過ごし、夫婦として愛し合っていこうというところで決着がついた。
だが、結局私がセツカだということには気づかれていないのだな──と、エニードは侍女たちによって甲斐甲斐しく体を磨かれながら考えていた。
たまに伯爵家に帰ったときには、侍女たちが一斉にやってきて、風呂に連れていかれ隅々まで磨かれていた。
あれはどちらかといえば雨の中を泥々になりながら、散歩して帰ってきた犬への扱いに近いとエニードは思っている。
レーデン家の侍女たちは、エニードの扱いをよく心得ているのだ。
だが、ルトガリア家の侍女たちは違う。
その手つきがなんせうやうやしく、どこまでも優しく、くすぐったいぐらいだ。
体を洗われて笑いそうになり、足をマッサージされて笑いそうになり、頭を揉まれて笑いそうになることにエニードは耐えていた。
笑ってもいいのだろうが、郷に入っては郷に従えという教え通り、エニードはルトガリア家の流儀に従うつもりでいた。
それがルトガリアの奥方としての正しい在り方であり、騎士道だからだ。
「エニード様、本当にお美しい」
「なんてお綺麗なのでしょう」
侍女たちが褒めてくれるのも当然で、エニードの体は鍛えられていて引き締まっている。
ただ細いだけの令嬢たちとは筋肉の付き方が違うのである。
特に自慢なのは薄く筋肉ののった腹筋だ。足の形もいい。
なんせエニードはとても素早い上に、たとえ両手が縛られていたとしても蹴りだけで窮地を脱出することができるのである。
そのような窮地に陥ることがないぐらいには強いので、華麗な蹴り技を披露する機会はほぼないのが残念なところだが。
「ずっと心配していました」
「もしかしたら、大奥様の話を聞いてルトガリア家がお嫌になってしまったのかと」
「もしかしたらクラウス様は、人には言えないご趣味をお持ちなのではないかと」
どうしよう、少しあっている。
侍女たちの推理に、エニードは内心動揺した。その件についてはもう終わったのだ。
だが、クラウスは男が好きという事実が変わるわけではないので、難しいところだ。
「――どちらも違いますので、大丈夫です。大奥様の話はお聞きしました。ご壮健でいらっしゃるのですか」
「クラウス様は故人のように扱っていますよね」
「そう扱いたいお気持ちもわかりますけれど、とてもお元気です。困ったことに」
「大旦那様もお元気です」
「エニード様にご迷惑をかけないかと、ルトガリア家の者一同、心配しています」
「そうなのですね。私のことは心配なさらず。クラウス様を守ることをお約束しましたので、皆様も大船に乗った気持ちで安心していてください」
至極真面目にエニードは言ったが、侍女たちは「まぁ」「エニード様は冗談もおっしゃるのですね」ところころ笑った。
冗談ではなく本気だったのだが、エニードはまぁいいかと、再びくすぐりの刑──ではなく、全身のマッサージに耐えることにした。
ルトガリア商会は美容品を扱っているからか、ルトガリアの侍女たちは美意識が高いようだった。
爪の先まで完璧に磨かれて、これから眠るのだというのに髪を緩くととのえられて防御力の低いフリルが激し目の寝衣に着替えさせられたエニードは、「可愛い」「とても可愛いです」と大絶賛された。
ルトガリア家に到着したのは昼過ぎで、それから侍女たちによって『エニード様をもてなす会』が開かれた。
高級茶菓子に高級紅茶が用意されて、楽隊による演奏会、聖歌隊による合唱が繰り広げられた。
ちなみにクラウスの指示ではなく、エニードを傷つけた詫びをしなくてはという、キースの采配だという。
昨今の少年少女は本当にしっかりしているなと思いながら、エニードはもてなす会をクラウスと共に過ごした。ちなみに演奏会も合唱も真面目に聞き入るものなので、クラウスとの会話はとくなかった。
クラウスは招き猫を大事そうに抱えて、ちらちらそわそわとエニードを見ていた。
重いから降ろしていいのかと聞きたかったのだろう。エニードは目線で「降ろしていいですよ」と伝えたが、何故か真っ赤になって視線を逸らされてしまった。
顔を赤くするほどに招き猫が重たいのなら、後生大事に抱えなくてもいいのだが。
贈り物を抱えて過ごすほどに、クラウスが真面目な人だということだろう。
催し物が終わると、食事会となった。このときも目の前でエニードのために劇団を招集して演劇が行われていたので、それはもうじっくりと見ていた。
その道で生きていく者たちが何かを披露するとき、エニードも同じように真摯に向き合わなくてはならない。
もちろんエニードにも多少は好みというものはあるが、それを差し引いたとしても、真剣に見ればどんな芸術も素晴らしいものなのである。
食事会の場でも、クラウスは招き猫を椅子に座らせていた。
招き猫とはそうやって使用するものではないのだがなと思ったが、エニードは何も言わなかった。
クラウスなりの誠実さで、招き猫も客人扱いしてくれているのだろう。
食事会が終わると、エニードは侍女たちによって丁寧に磨かれて、クラウスと共に過ごす寝室へと案内されたのである。
夫婦で過ごす寝室に通されるのはこれで二度目だ。
初夜の日は、ネグリジェが少し寒かったが、それはもう安眠したのだったなと、思い出深いベッドにエニードは手を這わせた。
「……そういえば私は、ラーナからクラウス様の襲い方について聞いていないな」
色々あって、一番大切なところを聞きそびれてしまった。
果たしてクラウスは子作りをする気があるのだろうか。
夫婦として愛し合っていくのなら、子が欲しいというエニードの望みを叶えてくれるつもりなのだろうか。
エニードの望みというよりは、エニードの両親の望みなのだが。
エニードとしても、今まで自由すぎるほど自由に生きてきてしまったので、人生一度ぐらいは親孝行をしたいものである。
「私は女だ。うん、どこからどう見ても女だな。困ったな」
自分の体を見下ろして、エニードは呟いた。
そもそも男同士でどうやって夜の営みをするのかエニードは知らない。
もっと色々ラーナに聞いておけばよかったが、もう時既に遅しだ。
きっとなるようになるだろう。
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