上 下
28 / 55

エニード、ドレスを駄目だしされる

しおりを挟む


 一週間ぶりにルトガリア邸宅に戻る日が来た。
 エニードは、一度言った約束は、腕の一本、足の一本がもがれても果たすタイプの伯爵令嬢である。

 クラウスに宛てた手紙に週末には戻ると書いたので、早起きをして軽く王都外周一周を走り、腕立て伏せや腹筋などの鍛錬を行った後水を浴びて、準備を整えた。
 ラーナが起き出してきた頃には顔を洗い歯も磨き終えて、服も着替えていた。

「エニード様、なんですかその格好」
「ドレスだ」
「駄目です」

 ラーナに手間を取らせないために自分でドレスを着てみたのだが、ダメ出しを食らってしまった。
 ラーナは胸の前で手をばつ印にして、それを頭の上に掲げた。

「一体どこにあったのですか、そのやたらと露出度の高いドレスは」
「いいなと思って買ったのだ。今後、クラウス様と過ごすときには私はドレスを着るだろう?」
「ええ、そうですね」
「いつものドレスは、窮屈で動きにくい。私は窮屈で動きにくいドレスを着ていても閃光のように素早く強いのだが、できれば動きやすさを重視したい」
「駄目です」

 エニードが王都一周を走りながら、ついでに洋品店の店頭に並んでいたドレスを購入してきたのは、今朝早くのことだ。
 たまたま店の前で朝の健康体操をしていた店主に「あれをくれるか」と言って、買ってきた。
 金は走って届けた。エニードは素早いので、家に戻り金を届けるなどは一瞬のことである。

 きっとラーナが誉めてくれるだろうと思い、うきうきで着込んだドレスは、どうやらラーナ的にはいただけないものらしい。

 エニードはとても気にいっている。なんせ動きやすいのだ。
 両足の側面に、太腿の上の方までスリットが入っているし、袖はなく、肩がむき出しになっている。
 首を防御するタイプの作りになっているために、肩がむき出しになっていてもずり落ちる心配もない。
 色は、女らしく赤にした。
 どこからどうみても完璧なドレススタイルなのだが、何がいけないのだろうと首を傾げた。

「エニード様に似合うのは妖艶なドレスではなく、清楚なドレスなのです。肌を出せばいいというものではないのですよ。軍服のエニード様の魅力は、ほぼ肌を出していないストイックさにあるのです。ドレスも同じ。ドレスは女の軍服なのです」
「そうか」

 何かをラーナが力説している。
 例によってよくわからなかったが、エニードは頷いた。

 エニードの赤い動きやすいドレスは、ラーナによって脱がされて、水色の可愛らしい清楚なドレスへと着替えさせられた。
 髪を整えられて化粧をされる。馬に乗るのにこの姿はな──と思っていると、「クラウス様への礼儀ですよ」と嗜められた。
 それはそうだ。多少スカートが邪魔だが、我慢も必要である。

「こちらのドレスは、せっかくですのでしまっておきますね」
「駄目だと言っていたが」
「何かの時に着るかもしれません。何かの時に」
「何の時だろう」
「そうですね……潜入捜査の時、などでしょうか。エニード様、これは女スパイのドレスです。女スパイのドレス。わかりましたか?」
「わかった」

 念を押すように何度か言われたので、エニードは頷いた。

「無意識のうちに女スパイのドレスを選んでいたのだな、私は。センスがある」
「エニード様は自己肯定感が高くていいですね、好きです」
「私が私を信じずに、誰が私を信じるというのだ」
「ふふ」

 エニードを着替えさせたからか、ラーナの機嫌はよくなった。
 二人でハムとスクランブルエッグを焼いて、パンと蒸し野菜と一緒に食べる。
 片付けが終わるとエニードは、アルムを撫でて、ラーナをよしよし撫でた。

「ラーナ。また週明けに戻るが、それまで一人で大丈夫なのか?」
「週明けに戻るのですか?」
「それはそうだろう。仕事があるし、ラーナを一人にはできない」
「私はもう大きいので、一人で大丈夫ですよ。アルムもいますし。ね、アルム」
「わおん」

 アルムが得意気に返事をした。ラーナは僕が守ると言いたげな様子である。
 けれどエニードは心配だった。本当はルトガリア邸に一緒に連れて行こうと思ったのだが、ラーナにはラーナの人生がある。学校があるし、エニードとしてはいつまでも侍女にしておくつもりはないのだ。
 今も、侍女というよりは妹や同居人という感覚でいる。
 世話は焼いてもらってはいるのだが。

「心配して、騎士団の方々も時折きてくださいますし。お友達も遊びに来ることがあります。好き放題してしまって申し訳ないのですが」
「かまわない。ここはラーナの家だ。だが、心配だな」
「エニード様、大丈夫です」

 きっぱりと、ラーナは言う。
 確かにラーナはしっかりしているし、エニードは遠征で家を開けることも多い。
 今までの生活とそう変わりないといえばそうなのだが。
 けれど、あまり心配しても、迷惑かもしれない。
 エニードもラーナの年齢の時は、一人で出かけては山籠りや、魔物討伐に勤しんでいた。
 つい過保護になってしまうなと、ひとしきり反省をして、エニードはラーナに「行ってきます」と言うと、動きにくいドレスで愛用の白馬に跨った。

 エニードは、そのままルトガリア邸には行かずに、衛兵の詰所へ向かった。
 エニードの予想では、昨日の量産型悪人とデルフェネックの処遇がまだ決まらずに、牢屋に入れられているはずである。

 色々あって、その後の処理ができていなかったのだ。
 エニードとしては、全ての仕事をつつがなく終えた上で、クラウスの元に行きたい。
 そうしないと、量産型悪人たちのことが気になって気になって、夜は眠れるが、クラウスとの夫婦生活に集中できない可能性があるからだ。

 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… 6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

処理中です...