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クラウス閣下の圧迫面接的謝罪会見

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 項垂れるクラウスの前に、エニードが。その横にラーナとジェルストが並んでいる。

 騎士団での階級試験の際に行われる圧迫面接(エニードは特に圧迫していないがそう呼ばれている)の立ち位置である。
 面接官たちと、ちょこんと座っているアルムを抱えたラーナに、クラウスは再度深々と頭をさげると口を開いた。

「そもそも、私が全て悪いのだ」
「クラウス様。物事において、全て誰かの責任であるということはまずあり得ません。クラウス様が謝罪したい部分のみを、きちんと説明してくださればいいのです」
「これが噂の圧迫面接だよ、ラーナちゃん」
「エニード様に詰め寄られたら泣かない人間などいないのであった、という感じですね」

 ジェルストとラーナがこそこそ何かを話し合っている。
 いつの間にそんなに仲良くなったのだろう。
 
 ジェルストはすぐ恋人が変わるので、例えばラーナの好みのタイプだったとしても駄目だ。
 できればラーナにはもっと穏やかで頼りになる、親友の辺境伯、アランのような男がいい。

「エニード、君はなんて清らかで優しいのだろう。こんな私を責めず、話を聞いてくれようとするなんて」
「そして、なんて素直な方なんだ、閣下は」
「好意を感じた相手に対して、すごく盲目なのでは……という気がしますが、エニード様は優しい女神ですので、閣下の気持ちもわかります」
「女神かな」
「女神です」

 エニードは、こそこそうるさいジェルストとラーナを軽く睨んだ。
 軽く睨んだだけなのだが、二人はびくっと震えて、顔を合わせると、唇に両手の指先でばつ印を作る。

「ラーナちゃん、お口うさちゃん」
「うさちゃんですね」

 不覚にも可愛いかったが、ほのぼのしている場合ではない。
 クラウスは真剣なのである。真剣なクラウスに、エニードも真剣に向き合う必要がある。
 それが夫婦というものであり、また、騎士道であるからだ。

「まず、私の生い立ちから説明させてほしい」
「そこから……!?」

 謝罪の理由を聞くのに、なぜ生い立ちから!?
 と、エニードは動揺した。これはすごく長い話になるのではないか。
 ラーナはシルヴィアとも徹夜で語り合っている。あまり生活が乱れるのはよくないので、今日は早く寝かせたい。
 それにエニードも、有事の際には一秒で起きることのできる特技はあるものの、夜は眠い。

 すでに日暮れである。ジェルストとクラウスは泊まっていくのだろうか。

(ベッドは足りるだろうか。ジェルストとクラウス様は同室でいいのか? クラウス様は男が好きなのだから、ジェルストと同室はまずいのか?)
 
 どれほどの長話になるのだろうと無表情で戦慄しているエニードの耳に、クラウスの声がつらつらと響く。

「私はそもそも、女性が苦手だった。それは私の両親に原因がある。私の両親の間には愛がなく、私が物心ついた時には父は別邸で暮らし、母は様々な男を家に連れ込んでいた」
「なるほど。それでは、女というものは浮気をするのだと思ってしまっても、仕方ありませんね」
「いや、自分でも愚かなことだとは……今は、思っている。だが以前の私は、いつしか、女など皆同じ。男女の間に愛など芽生えないと、思い込むようになっていたんだ」

 それで男が好きになったのか。
 いや、浮気をするという意味では、男も女も同じなのではないだろうか。
 エニードは騎士道に則り浮気などはしないが、全員が全員騎士道に生きているというわけではないのだ。
 なかなか難しい話だなと、エニードは頭を悩ませる。

「父は領地を顧みず、母は放蕩三昧だった。領地を立て直すのにも苦心した。私は誰とも結婚をするつもりがなかったのだが、公爵家には後継が必要だ。いつまでも独身というわけにもいかない。だから、妻を探した。そして、君が現れたんだ、エニード」
「そうですね。クラウス様は誰でもいいから結婚相手が欲しいとおっしゃっていたとか」
「あぁ。私には心に秘めた人がいて、だから妻は誰でもよかった。ただ妻としてそこにいてくれたら、それだけで。……だが、初夜の日に君と話し合いをして、その翌日、君が屋敷からいなくなって、思い知った」

 そこでジェルストが、飲んでいたお茶を吹いた。
 ラーナがあわてて、ジェルストに布を渡している。
 クラウスは大騒ぎしているジェルストたちに気づかないように、言葉を続ける。

「私は、大嫌いだった両親と同じことを、君にしようとしているのではないかと。それはなんと、残酷なことなのか。私は、やはりあの両親の子供なのだと──落ち込んだ。それから、君に謝罪をしようと思い、君を追いかけてきたのだ」
「クラウス様。私は別に、あなたの言動や行動がどうこうだからと、王都にきたわけではありません」
「君は、アルムの世話があるからと言っていたな。カフェで男にナンパをされている君を見たとき──」

 再びジェルストがむせた。
 ラーナがずるずるとジェルストを、部屋の隅へと引っ張っていく。

「私は、嫉妬をした。エニードは私の妻だと思い苛立ち、君に恋人がいるのではと疑い、気が気ではなくなった」
「はぁ」
「はぁ、ではありませんよ、エニード様……!」
「エニード様が、ナンパを……」

 少し離れたところから、ラーナとジェルストがうるさい。
 ラーナは可愛いのでいいが、ジェルストは来週、王都一周フルマラソンである。

「だが、私に嫉妬をする権利も、君の夫だと主張する権利もないのだ。思い人がいる男に妻だなんだと言われても、君は傷つくだけだろう?」

 ──その思い人は私なので、別に傷つかない。
 エニードは穏やかな気持ちでそう思った。クラウスが一生懸命説明すればするほどに、エニードは思う。クラウス様は、大丈夫なのか、と。

「だから私は、先に自分の気持ちを清算しなくてはと、セツカ殿に告白をし、思いを断ち切ってきたのだ」
「クラウス様。ラーナとジェルストが聞いています。それは秘密の話です」
「今更、こそこそと隠すことなど何もない。私は罪人であり、君や、君を大切に思う人たちまで傷つけたのだから」
「クラウス様、よくわかりました」
「まだだ。まだ、謝罪が終わっていない」

 正直もう、十分だった。
 クラウスのことはよくわかった。家庭環境があまりよくなかったことも、彼が生真面目だということも痛いほどよく。
 エニードはクラウスが何について謝っているのかを理解した。
 だが、別に元々怒っていなかったので、特に何が変わるということもないのだが。

「私は、君を妻として、きちんと君を大切にしたい。それなのに、いつも君を傷つけてしまう。悪人どもに、怖い思いをされられて」
「していません。怖い思いは何も。いいですか、クラウス様。私は力持ちなのです。悪人ぐらい、ちぎっては投げちぎっては投げ、です」
「人よりも少し力が強いのかもしれないが、君は私の妻であり、女性だ!」

 キュン。
 とした。
 胸の奥が、きゅーん、とした気がした。

(私よりも弱いのに、こんなに必死になって。私よりもすごく弱いのに)

 エニードは胸をおさえる。路地で必死にエニードを守ろうとしてくれたクラウスに感じた気持ちと、同じ感覚である。

「クラウス様。私は女性ですが、強いのです。でも、ありがとうございます」
「……うぅ、クラウス閣下。なんて健気なんだ」
「クラウス閣下、圧倒的、受けの素質……」

 エニードの背後で、ジェルストが瞳を潤ませて、ラーナも瞳を潤ませている。
 二人のうるうるには、若干の差異がありそうだったが、詳しいところはよくわからなかった。

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