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ラーナの逆襲とクラウスの懺悔

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 にくきゅう饅頭をもくもくと食べながら、一体これはどういう状況なのだろうなとエニードは考える。

 クラウスはジェルストについては恋人ではなく家庭教師だと納得したようだが、まだ警戒をしているようだった。なんとなくだが、ジェルストに向ける眼差しに剣呑さがある。

 ラーナは膝にアルムを乗っけて、ジェルストの分のにくきゅう饅頭ももらって、嬉しそうに食べている。

 シルヴィアが来訪したときもそうなのだが、ラーナは知らない相手と話すときに一瞬緊張するものの、その後すぐに慣れるのである。

 その点は、さすが商人の血が流れている。
 対人能力の高さも、ラーナのいいところだ。

 エニードは他者に緊張することはまずないが、かといって特別口数が多いというわけでもない。
 
 沈黙が続いてもさして困らないというだけである。
 そのせいか、エニードをよく知らない新兵たちには「団長、怒っていますか……?」と、よく怯えられる。
 別に怒っていないのに、である。
 エニードの渾身の微笑みは、新兵たちには無表情に見えるらしい。
 
 対してジェルストは、人付き合いが得意なタイプである。
 一体どうしてエニード様はぼろぼろなのだとクラウスに尋ねて、うんうんと話を聞き出していた。

「なるほど、そんなことが……。エニード様、悪人を追いかけては危険ですよ。エニード様はかよわい女性なのですから」

 かよわくない。女性だが。お前より強い。
 エニードはおそらく内心「ははは」と笑いながらかよわいと言ってくるジェルストを、静かに睨んだ。
 来週、手合わせ三番勝負だな――という気持ちを込めて。
 ジェルストが若干青ざめたので、おそらく伝わったのだろう。

「クラウス様はエニード様を助けてくださったのですね、ありがとうございます」
「……すまなかったと、思っている。私は、遅れてしまった。だから、エニードはおそろしい思いを」

 恐ろしい思いはしていない。
 だが、クラウスの中ではすっかりそういうことになっているようだった。
 にくきゅう饅頭を食べる元気もないほどに意気消沈しているクラウスにエニードがなにか言う前に、ジェルストがぐいっと、強引にエニードの手を取った。

「エニード様、さきほどぼろぼろだったのは、悪い男たちにひどいことをされそうになったからですか……!?」
「……ジェルスト、何を」
「ラーナちゃんとエニード様は女性の二人暮らしですから、俺が守ってあげないといけないと、いつも思っていたのに……すみません、エニード様。これからはエニード様のお側を離れないようにしますね……!」
「は……?」

 何かを、ジェルストが目で訴えてくる。
 今すぐ繋いだ手を逆手にひねりあげてやろうかとエニードは思ったのだが、何か理由があるのかと思い直した。

「ジェルスト様、ありがとうございます。ジェルスト様がいればエニード様は安心です。クラウス様はエニード様を契約上の妻として守ってくださったようですが、普段から傍にいるわけではないので、私は心配で」

 ラーナが、悲しげに言った。
 これは一体どういう状況なのだろう。二人ともエニードが強いことを知っているというのに。
 
 クラウスがジェルストを睨み付ける。美人が睨むと案外迫力があるものだなと、エニードはクラウスの顔を興味深く眺めた。
 それにしても――これは一体。
 なんのための嘘なのか。

 そもそも嘘はいけない。ラーナの気持ちはありがたいが、セツカとエニードのことは、エニードとクラウスの間の問題である。
 登場人物が三人いるようでわかりにくいが、二人の問題なのだ。

「二人とも、やめなさ──」

 演技をするのをやめさせて、クラウスに全て話そうとした時である。
 クラウスはソファから立ち上がると、それはそれは美しい所作で、エニードに向けて頭をさげた。

 頭をさげて、それから床に膝をついて、そのまま頭を床に擦りつけた。

 これほど美しい土下座がいままであったのか、いや、ないだろうというぐらいに、芸術的な土下座だった。

「エニード、すまなかった……!」
「クラウス様、どうしたのですか。土下座などして。土下座をする必要がどこに……?」
「本当にすまなかった。私を許して欲しい……!」

 ラーナとジェルストが顔を見合わせて、エニードはクラウスに手を差し伸べる。
 エニードにはクラウスに土下座をされる理由はない。
 最上級の謝罪を受けるほどの罪を、クラウスはおかしていないというか、そもそもクラウスは何も悪いことをしてないのだ。

「ジェルスト殿も、申し訳なかった。ラーナさんと親しいのなら、私の残酷さをきっと知っているだろう。私がどれほどエニードを傷つけたかも……! それなのに私は、君を恋人だと疑い、更に嫉妬までした。私にそんな資格はないというのに……」
「え、あ……は、はい」

 ジェルストが困った顔で返事をする。どちらかといえば、謝らなくてはいけないのは嘘をついたジェルストである。

「ともかく、起きてください、クラウス様。そのように謝られては、困ってしまいます」
「エニード、君が許してくれるまで私は謝り続けなくてはいけない」
「何を……? さきほどのことなら、私は大丈夫です。私は特に怪我をしていませんし」
「それら全てを含めての謝罪だ。君が傷ついたのは、全て私のせいだ」

 もう、らちがあかない。
 エニードは話し合いというものがあまり得意なほうではない。
 そもそも謝らなくていいと言っているのになんて強情な人なのか。
 
 ここはもう、実力行使しかない。
 エニードは土下座するクラウスの腹に腕を突っ込んで、軽々と担ぎ上げると、ソファにそっと座らせた。

「え、エニード……?」
「驚きましたか。私は力持ちなのです。それで、どういった謝罪なのかきちんと説明してください。それであなたの気が済むのなら」
「……っ、すまない」

 ソファに座らされたクラウスは、唖然とした顔をしたあと、すぐに悔いるように俯いた。

「今のでどうして気づかないんだ……?」
「エニード様が怪力ということで、納得されたのでは……」
「無理があるだろ……」

 エニードの背後でジェルストとラーナがこそこそと話し合っている。
 エニードもまったく同意見である。

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