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ラーナとクラウス、そしてジェルスト

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 クラウスは額をおさえてエニードの前で悩んでいる。
 悩みが多い人だな。今度はどんな理由で悩んでいるのだろうと黙ってその様子を眺めていると、何かを決意したように真っ直ぐな瞳でエニードを見た。
 目が合い、エニードは微かに首を傾げる。

 一歩近づいてくるクラウスに、エニードはぱちりと瞬きをした。
 これが他の男だったら警戒しているところだが、クラウスというのはいい人なので、エニードに突然攻撃するようなことはしないだろう。

「エニード。すまない。男は怖いだろうが、君は裸足だ。抱き上げることを許して欲しい」
「裸足ぐらい、特に問題は……」
「遠慮をしなくていい。私は君の夫だ。君を傷つけたことを、本当に、反省している。許してくれないかもしれないが」

 だから、特に傷ついていないと言っているのに。
 誠実でいい人だが、クラウスは案外強情だ。
 エニードが何か言おうとする前に、クラウスはエニードを、軽々と抱き上げた。

「クラウス様、このようなことをしていただかなくても大丈夫です」
「遠慮はいらない。私に全て任せていて欲しい」
「ですが」

 今までエニードは、このように抱き上げられたことはない。
 どちらかといえば抱き上げる方だった。
 悪漢に襲われていた女性を抱き上げて運んだり、怪我をした部下を二、三人いちどに担ぎあげて運んだり。
 クラウスのことだって抱き上げることができる自信がある。
 これでは逆だ。
 エニードは抱き上げる側であって、抱き上げられる側ではないのだ。

 ――だが、しかし。
 エニードの脳内でシルヴィアが「殿方に抱き上げていただくときは大人しくしなくてはいけませんわ」と、ころころと笑っている。
 確かに、それはそうかもしれない。
 エニードが暴れたら、クラウスが転んで怪我をする危険があるのだ。

 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたのだろう、衛兵たちがやってきて男たちに縄をうって捕縛しつれていった。
 衛兵たちに連れられて、鞄を盗まれた夫人も姿を見せた。

 鞄が手元に戻ると「ありがとうございます、本当に……! 鞄に、夫の形見の指輪がはいっていたのです」と、涙を流してお礼を言っていた。

 衛兵から、エニードが見知らぬ人に預けていた化粧品が入った袋を、アルムが入っていたカゴと共に、クラウスに抱き上げられたまま受け取った。
 アルムはデルフェネックの頭の上にちょこんと座っている。

「何があったか、できればご同行をしていただき、事情を話していただきたいのですが」

 いつもエニードの姿を見ると「セツカ様、本日もご苦労様であります!」と、ビシッと礼をしてくれる衛兵たちが、今日は妙に他人行儀だった。

 ドレスが乱れていて裸足だからか、クラウスに抱き上げられているからか、遠慮をしているのだろう。

「すまないが、妻が怪我をしている。ご婦人が鞄を奪われ、取り返したのだ。デルフェネックは、その者たちに飼われていたようだ」
「デルフェネックに罪はありません」

 エニードが言うと、衛兵は大丈夫だと頷いた。

「そうですか。悪人の捕縛への協力、感謝いたします。デルフェネックのことは悪いようにはしませんので、ご安心を」

 デルフェネックには首輪がかけられ、共に、衛兵たちに連れて行かれる。
 もし行き場がないのなら、騎士団でデルフェネックのことは引き受けようと、エニードは考える。
 だが、あの悪人たちもデルフェネックのことをデル公と呼んで可愛がっていたようだ。
 悪人といえども動物は可愛いと思う者もいる。
 性根をたたき直したら、返してやってもいいかもしれない。

「では、エニード。君の家に戻ろう。それとも、私の家に来るか? もちろん、それでも構わないが」
「ラーナが心配しますので、私の家に戻ります」
「そうか……分かった。私はまだ、ラーナに挨拶をしていない。会いたいが、構わないか?」
「ラーナも喜びます」

 ラーナは喜ぶだろう。
 ラーナは男同士の恋愛が好きなのだから、クラウスの顔を見ればきっと喜ぶ。

 エニードの家は、すなわちセツカの家である。
 クローゼットには軍服が入っているし、剣なども置いてある。
 さすがに家にくれば気づくだろうか。
 クラウスはエニードがセツカだと知ったらどう思うのだろう。

 道行く人々の視線がエニードたちに向けられている。
 上背があり、顔立ちのやたらといいクラウスが目立つからだ。
 運ばれるというのは少し恥ずかしいなと、大人しくなすがままになりながら、エニードは考えていた。

 家に戻ると、ラーナは既に学校から帰ってきていた。

「エニード様、お帰りなさい! あ、ああ、クラウス閣下……っ!?」

 元気よくエニードを出迎えたラーナが、慌てたようにしてジェルストの後ろに隠れる。
 そう――エニードの家にはどういうわけか、ジェルストが来ていた。

「だ……」
「ジェルスト様」
「じゃなかった。ごめん。エニード様、どうされました? そんなにぼろぼろになって……」

 団長と呼ぼうとしたジェルストの腰を、ラーナが抓る。
 慌ててエニードと言い直して、ジェルストは唖然とした顔で乱れたエニードの姿を眺めた。

「それにその、女装……」
「ジェルスト様」
「じゃなかった。エニード様、今日もお美しいですね」

 ぼろぼろの姿についてはさして気にしていないのだろう。
 エニードがぼろぼろになるなどはあり得ないと、ジェルストは考えている。
 それよりも、ドレスを着てどういうわけかぼろぼろになり、クラウスに抱き上げられている姿のエニードを見て、内心大爆笑しているだろうジェルストを、エニードは密やかに睨んだ。

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