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エニード、守られる

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 そういえばカフェでも、どうしても一人で食事をしたくない寂しがり屋の男性から、クラウスはエニードを守ってくれた。

 けれど、あの時の男は弱そうだった。
 今は違う。どこにでもいそうな量産型悪人といえども、悪人は悪人である。

(どうする、私……!? 私にとっては大して強くもない量産型悪人だが、クラウス様には強敵かもしれないぞ……!)

 もちろん、クラウスが目の前で傷つくというのはエニードにとっては許されざることである。
 だが――クラウスはエニードを、ごくごく一般的な伯爵令嬢だと思っているはずだ。
 せっかく守ろうとしてくれているのに、そんな必要はないというのは、あまりよくないのではないか。
 男というのはプライドがあるのだと、ジェルストがよく言う。
 そのプライドとやらを傷つけるのではないか。
 
「お前たちは、かよわい女性に、なんて最低なことを……!」
「まだ何もしてねぇよ!」
「その女が勝手にぼろぼろになったんだよ!」
「そんな言い訳が通用すると思うのか……!?」

 クラウスがやけに怒っている理由にふと気づいてエニードは自分の姿を見下ろした。
 デルフェネックを追いかけたせいで、そういえばドレスが乱れている。

 ドレスというのはすぐ乱れるからいけない。ヒールの靴も防御力が低すぎる。
 クラウスは乱れたエニードの姿を見て、悪漢に襲われていたと勘違いしているらしい。

「私の――その、契約上の妻を襲った罪、償ってもらおう!」
「契約上ってのはなんだ!?」
「契約上なら妻じゃねぇんじゃねぇか!?」
「可愛い嫁をもらっておいて、契約上なんてのはひでぇだろ!」

 悪漢たちの言い分が正しいという奇跡が起きている。
 クラウスは言葉に詰まった。
 
(なんて律儀な人なのか。わざわざ悪漢たちにまで言わなくてもいいのに……)

 そうなのだ。
 クラウスという人は、律儀なのである。
 金持ちの商人で、公爵閣下で、ルトガリアの至宝で、女嫌い。
 最近耳にしたこれら全ての要素を組み合わせると、やや斜に構えた厄介な男を想像しそうになる。
 
 けれど、初夜でわざわざエニードに正直に道ならぬ恋について話をして。
 エニードのためにわざわざセツカに告白をして恋を諦めて。
 クラウスの店に買い物に行ったエニードを気にして、走って追いかけてきて。
 悪漢たちに契約上の妻――などと言う。

 これら全ての行動が、彼が律儀で誠実な男であると告げている。

(なんていい人なんだ……)

 近年まれに見るいい人ぶりである。
 仕事上、悪人たちとの付き合いの方が多いエニードは、やや感動した。
 こんなにいい人が悪漢たちにぼろぼろに負けていいはずがない。

(ここは私が、実はセツカだったということが知られてしまったとしても、出るべきだろう)

 いや、別に、隠しているわけではないのだが。

「よくわかねぇが、やっちまえ、野郎ども!」

 量産型悪人たちが、量産型悪人の定型文を口にして、クラウスに襲いかかる。
 クラウスを押しのけて、ヒールの折れた靴を構えて応戦しようとしたエニードよりも先に、クラウスの剣が悪漢の剣を受けて弾き飛ばした。

「おぉ……」

 感嘆のため息が漏れる。
 エニードは、クラウスのことを弱そうだと思っていた。
 けれどクラウスは、悪漢の剣を弾き飛ばした。弾かれた反動で男が壁にぶち当たり、ずるっと地面に滑り落ちる。
 もう一人の悪漢の剣を受けて、それも弾くと、長い足でその顎を蹴り上げる。

 ぐあっとうめき声をあげて男が倒る。倒れた男を飛び越えて向かってくるもう一人の男の懐にひらりと入ると、剣の柄でその腹を打った。

 これで三人。

「くそっ、嫁が可愛い上に顔のいい男にやられるなんざ、許せねぇ!」

 もとはといえば、婦人の鞄を盗み、エニードを売り飛ばそうとした男たちが悪いのだが。

「デル公、やっちまえ!」
「デル。こちらにおいで」

 こともあろうにデルフェネックにクラウスを攻撃させようとしている悪漢を睨み、エニードはデルフェネックに向かい両手を広げた。
 デルフェネックはエニードの前に大人しく頭を垂れる。

 これはエニードの持つ特殊能力の一つ。
 覇王色の覇気――ではなくて、『騎士団長の威圧』である。

 人間にはあまり通用しないが、動物には効く。
 動物というのはどちらが強いのか分かっているのだ。エニードには叶わないことを本能的に悟るのである。

「エニード……まるで、物語の姫のようだ」

 クラウスが感動したように呟いた。
 クラウスの目には、動物を無条件に従えさせるプリンセスのように見えているのかもしれない。
 しかし、実際は威圧である。
 エニードのやっているのは、縄張り争いをするボス猿が他の雄を従わせるのと同じ行為だ。

「デル公! 何をしてるんだ! 使えねぇ!」

 焦った男たちが、クラウスに向かって一斉に襲いかかる。
 クラウスは姿勢を低くし男たちの間を一瞬で通り過ぎると、その首筋を剣の柄で次々に打った。

 がくりと、男たちは膝をつき、そのままずるりと地面に倒れ伏した。

「無事か、エニード……!」
「クラウス様……」

 クラウスがいなくても無事だった。
 しかし、そんなことは口が裂けても言ってはいけない。
 せっかく助けてもらったのだ。ここは、助けてくれてありがとうという気持ちを素直に表現するべきだろう。

 それに先程よりも更に、感動していた。

(クラウス様はあまり強くないのかと思っていたが、ジェルストぐらい強いのだな……)

 しかしジェルストはエニードを助けない。
 エニードの方が強いからである。

(クラウス様は私が妻だからといって、守ってくれた)

 遠慮がちに両腕に触れられて、顔を覗き込まれる。
 エニードはクラウスの美しい顔を見上げる。

 呼吸が乱れている。髪も乱れて、額にかかっている。

 ――妻を守るのはよい夫だ。
 ――私よりも弱いのに、私を守ってくれた。私よりもすごく弱いのに。

 じわりと、胸に広がる何かかある。
 妙に脈拍がはやくなるのを感じていた。

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