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遭遇しやすいエニード

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 ――クラウス様は何が好きなのだろうな。
 思えば、エニードはクラウスのことをほとんど知らない。

 両親に結婚をしろと言われ、気づけば婚礼をあげていた。
 初夜ではセツカが好きなのだと秘密を打ち明けられて、結婚は契約上のものとなった。

 ジェルストの情報では、二十七歳独身貴族。
 ルトガリア公爵であり、同時に商人でもあるようだ。

 これは、そう珍しいことではない。
 貴族というのは金と暇を持て余している者が多い。

 もちろん、散財して斜陽を迎えている者も同じ分多いのだが、血族の者がよほど愚かでない場合、大きな干魃や災害などで領地が打撃を受けていなければ、安定した潤沢な資金があるものである。

 まぁ、思いのほか、そうでない場合もあるわけだが。

 ルトガリア家のことはよく知らないが、今も裕福であるというのは、おそらくは前者だったのだろう。
 金と暇を持て余した貴族は、何かしらの研究に没頭したり、研究者に金を与えたり、それから芸術家に金を与えたりする。

 クラウスの場合は研究に没頭したのかもしれない。
 そして、オルターブの実を油として売ることを思いついて、商売にしたのだ。

 金のあるところにはさらに金がうまれるというのはよくある話で、趣味の研究を事業にすることで領地を更に潤沢にする貴族は多いのである。

 ルトガリア商会というのは、クラウスの抱えている商売だ。
 流行り物に疎いエニードは知らなかったが、ラーナやシルヴィアは「ルトガリア商会の美容液は最高」だと言っていた。
 シルヴィアは実際に髪や肌に使用していて、ラーナは噂に聞いただけだという。

(ラーナに、土産に買っていこう)

 そろそろオシャレに気を遣う年になってきたのかもしれない。
 クラウスと結婚するまではドレスなんて着たことのないエニードには、縁のない世界の話ではあるのだが。

 と、まぁ。
 エニードがクラウスについて知っているのはこんなところである。
 そこに新しい情報として、エニードのために道ならぬ恋を諦めた誠実な人、というものが加わった。

 人として嫌いではない。
 むしろ好きである。
 だから、クラウスに手土産の一つぐらいは買っていくかという気になったのだ。

 エニードのこの発想は、騎士たちが遠征に出た際に、王都の恋人に土産を買っていくことに由来している。
 エニードの中ではクラウスは、騎士の帰りを待つ姫のような存在になりつつあるのだが、クラウスは美しいので、鎧に身を包んだ勇ましいエニードの帰りを切なげに待つ麗しの姫の姿をさせても、あまり違和感はなかった。

 まずはラーナの土産を買うかと、王都のルトガリア商会の店に向うと、女性たちが長い行列をつくっていた。

「おぉ……すごいな」
「ぎゅーあ」

 カゴの中のアルムも驚いている。
 綺麗に着飾った街の娘たちや、子供を連れた女性たちの行列の最後尾に並んで、エニードは大人しく順番を待った。

 確かにルトガリア商会の商品は大人気らしい。
 ルトガリア公爵領に本店があり、王都にあるのは二号店。

 王国各地にも、商品を扱う店を増やしているのだと、行列の女性たちの話をエニードは聞き流していた。

「なんせ、ルトガリア公爵というのがとてもお素敵なのだそうですよ」
「麗しの宝石、ルトガリアの至宝と呼ばれているとか」

 ――それはすごい。
 ここにいると知らない情報が得られてとてもいい。敵を倒すには敵を知ることが肝要である。
 エニードはもっとクラウスのことを知りたいと思った。
 せめて、土産に何を持って帰ったら喜ぶかぐらいは知っておきたい。

「ずっと独身だったのですよね」
「ええ。とても美しい方なのに、女性を寄せ付けないとか。女嫌いだと評判だそうで」
「では、まさか、男性が?」
「あれだけ美しいのですもの。そちらのご趣味なのかもしれませんよ」

 大変だ。ばれている。クラウスが隠したかったことが、街娘にまで知られている。
 エニードはクラウスを不憫に思った。
 せめて女好きだと振る舞って、誤魔化しておけばいいものを。
 しかし、初夜の日にああも秘密をあっさり伝えてくるというのは、もしかしたらクラウスは嘘が下手な人間なのかもしれない。

 彼は誠実なのだから、嘘は下手なのだろう。それはとても好感が持てた。

「でも、結婚なさったとか」
「レーデン伯爵令嬢とお聞きしました」
「あまりよく知らない方ですね」
「この国で美しい貴族令嬢といえば、クラーレス様です」
「クラーレス様を国王陛下と取り合っているのだと、噂が出ていましたのに」
 
 男性が好きだったり、三角関係だったりと、クラウスは何かと噂が絶えない男らしい。
 どちらにしろ道ならぬ恋に身を焦がしている悲劇の男性である。
 確かに、クラウスにはそういった悲劇や不幸が似合うなと、エニードはぼんやりと考えた。
 美形だからかもしれない。

「レーデン伯爵令嬢はどんな方なのでしょうね」

 私だ――と、エニードは思った。
 どんな方も何も、あなた方がいつも「セツカ様!」と駆け寄ってくる、騎士団長セツカがエニードである。
 クラウスに続き、街の娘たちの目も節穴なのかもしれない。

 最後尾に並んでいるドレス姿のエニードが、レーデン伯爵令嬢でありセツカだと気づかないなんて。

 庶民はそこまで貴族に詳しくはなく、顔を知っているわけではない。
 クラーレスの美しさが有名なのは、王妃として王都の皆の前に顔を出す機会が一年に一度あるからだ。
 クラウスの美しさは、噂に尾ひれがついた程度のものだろう。
 しかしエニードの場合は思い切り皆の前に顔を出しているので、噂にされるというのもおかしなはなしなのだ。

 ドレスか、このドレスのせいなのか……?
 などと自分の存在意義について頭を悩ませながら、エニードはようやく順番が来たので店の中に入った。

 ラーナのために髪や顔に塗る化粧品を買い、ついでに母や兄嫁にも送ろうと、せっせと大量購入に踏み切っていると、なにやら店の奥が騒がしい。

「エニード!」

 店の奥から慌ただしく姿を現したのは、クラウスだった。
 本当によく会うなぁと思いながら、エニードは軽く会釈をした。
 今は買い物中であるし、行列もできている。
 クラウスと話をしている暇はないのである。


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