「君を愛さない」と言った公爵が好きなのは騎士団長らしいのですが、それは男装した私です。何故気づかない。

束原ミヤコ

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血で血を洗うかけ算

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「――と、いうようなことがあったんだ」
「あはは」
「あははではない」

 家に戻ったエニードは、ラーナと共に買ってきた夕食をすませたあと共同風呂に向った。

 エニードの家にも風呂はあるが、いちいち湯を沸かすのが面倒という理由でラーナと共に共同風呂に行く場合がほとんどである。

 現国王は無類の温泉好きで、温泉好きが高じて王都各地に共同温泉を建築してくれる。
 これが、自宅の風呂よりもよほど広く湯量も多く、なかなかいいのである。
 
 ラーナのたっての願いで、セツカが風呂に来たと大騒ぎにならないように、エニードたちは人の少ない夜に行くようにしている。
 夜は危ない連中が増えるので、女性は出歩かないことが多いのだ。
 
 エニードならば、どんなに悪い男たちに絡まれようと撃退し捕縛し連行できるので問題はない。

 風呂から帰ったら苺大福を食べるのだと、ラーナはうきうきしていた。

 ライオンの湯口からこんこんとお湯が滝のように溢れ出てくる広い共同風呂に腕や足をのばして浸かり、エニードは今日のことをラーナに話すと、「あはは」と笑われたというわけである。

 風呂には、エニードたちと夜の仕事をしている雰囲気のある美女が一人いるだけである。
 エニードたちと女性は、離れて湯に浸かっている。
 あまり大きな声をたてないようにと、エニード唇に指をあてて、ラーナに静かにと示した。

「ごめんなさい、エニード様。あまりにも愉快だったものですから」
「どこが愉快なのだろうか」
「だって、愉快痛快ではありませんか。私のエニード様に冷たくしたクラウス様に一泡吹かせることができました」
「一泡は吹いていないぞ。泡はふかなかった」

 暴力沙汰にはならずに、クラウスの権力で解決したのである。
 非常にスマートな解決方法だった。

「クラウス様はエニード様に恋人がいると思って、狼狽えていたのでしょう?」
「狼狽えていたかな」
「狼狽えていましたよ。だから、声をかけずに見守ることしかできなかったのです」
「偶然同じカフェで苺大福を食べていただけかもしれない」
「探していたって言ったじゃないですか。自分が冷たくしたせいで、いなくなった妻。心配で探していたら、他の男の影が……! 気が気じゃない男は、内心動揺しながら見守るしかないのであった」
「ラーナ、言葉がうまくなった」
「私は昔からおしゃべりな質なのです」

 伯爵家に迎え入れた当初は、一生懸命浮かべた笑顔がひきつっていた。
 おそろしい思いも、辛い思いもしたのだから当然である。
 けれど王都の学校に通うようになってからというもの、ラーナには笑顔が増えた。
 友達がずいぶんとできたようだ。

 それをエニードはとても嬉しく思っていた。
 エニードとラーナでは、年齢差もあり立場の差もあり、友人になることは難しいからだ。

 ラーナたちの傍においてあるタライの中で、アルムものんびりとお湯につかっている。
 アルムが一緒に入ることを、共同風呂の管理人は許してくれている。

「私のことなどほうっておいてくれて構わないのだが、心配をしてくれるクラウス様はいい人だな」
「いい人の基準がおかしいのですが……そもそも、妻を娶って他に好きな人がいるなんて」
「難しいところだな。クラウス様の目は節穴なのかもしれない」
「それはそうですね。さすがにそうです」

 セツカに会った翌日にエニードに会ったというのに、同一人物だと気づかないだなんて。
 さすがにどうかと思う。
 エニードとセツカは同じ顔をしているのだ。違うのは髪型と服装ぐらいのものである。

「ところで、ラーナ。昨日の話だが」
「男性同士におけるボルトとナットのお話しですね。間違った知識をお伝えするのはいけないので、お友達と知識交換をしてきました。今日の私に死角はありません」
「そうか、なによりだ」
「いいですか、エニード様。クラウス様が自分の立ち位置をどう考えているかによって、今後の対応が変わってくるというものです」
「それは、重要な話だな」
「はい、重要です」

 ラーナは真剣な瞳で、拳を握りしめた。

「なんせ、どちらが右か左か、ボルトかナットか、凹か凸かで血で血を洗う争いが起きるのです。これはそれぐらいに、危険なかけ算なのですよ」

 エニードは大きく目を見開いた。
 まさか刃傷沙汰にまでなるとは考えていなかったからだ。

「騎士たちにも……そういった趣味趣向を持つ物がいる。男同士で契りを結ぶのだ。義兄弟というのだな」
「少し違う気がします」
「違うのか? 私は男同士の恋愛だと認識していたのだが」
「違いますよ、エニード様。そこもまた、殴り合いの喧嘩が勃発します。義兄弟の契りはまた違うのです。恋愛とは違う大変美しい男同士のやや激し目の友情なのですよ」
「なるほど……」

 難しい世界だった。
 エニードには分からないが、男同士の恋愛感情にも一筋縄ではいかない何かがあるのだろう。
 恋愛などしたことのないエニードにとっては、もはや神秘の領域である。

「ところでエニード様、どなたとどなたが義兄弟の契りを結んでいるのか、教えてくれますか?」
「かまわないが、あとでな」

 エニードが言うと、ざばんと、大きめの水音がする。
 どうやら湯船につかっている女性が立ち上がったらしい。
 うるさかったもしれないと、エニードは声をひそめた。

「義兄弟ではないとすると、クラウス様の立ち位置とはいったいなんなんだ?」
「つまり、女性役になりたいのか、男性役になりたいのか、です」

 また、難しい話しが出てきた。クラウスは男で、セツカは男だと思われている。
 つまり、男同士の恋愛なのに、何故女性役なのだろうか。

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