「君を愛さない」と言った公爵が好きなのは騎士団長らしいのですが、それは男装した私です。何故気づかない。

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
3 / 55

騎士団長セツカ

しおりを挟む

 エニードはいつものように騎士団本部に向かった。
 エニードの結婚については、騎士団の者たちは全て知っている。
 クラウスのことをどう説明しようかと考えていると、おそるおそるといった様子で、副団長のジェルストが話しかけてきた。

「団長、新婚のはずでは……」
「あぁ、そうだが」
「そうだが、ではありません。何があったのですか。初夜に驚いて、公爵閣下の急所を蹴ったのですか?」
「何故私がそんなことをする必要がある」
「いや、団長ならやりそうだな、と」
「いいか、私はこれでも二十歳の乙女だ」
「ははは」
「ははは、ではない」

 金の髪を一つにまとめて、軍服を着ているエニードは、いつも胸が邪魔だからと布を巻いて潰している。それ以外は特に、男性のふりをするために何かをしているわけではない。
 女性にしては少し背が高く、体が引き締まってはいるが――どこからどう見ても女である。

「閣下は、私がいつもどおり働くことを許してくれたのだ」

 そういうわけではないのだが、エニードの中ではすっかりそういうことになっていた。
 それ以外のことは秘密なので、きつく口を結んだ。
 ジェルストは「それならよかった。兵士たちが皆、ざわめいていましたよ。団長、やっぱり駄目だったかって」と、笑いながら言う。

「やっぱりとは、なんだ」
「ほら、熊を手懐けることのできる男なんていないんじゃないかっていう……」
「熊ではない。私はもっと早い。熊も早いが、もっとだ。神速の如き、だ」
「ひっかかるところがそこなのがな……」

 いつも通りに仕事をこなし、部下たちの鍛錬に付き合うために、エニードは昼食を終えた後に訓練所に向かった。
 王都にある騎士団本部の訓練所は、屋外にある。
 人の出入りはある程度自由なため、騎士たちの恋人やら家族やら、それ以外の野次馬やらが、いつも見学に来ている。

「セツカ様~!」
「素敵~!」
「今日もお素敵です!」

 貴族女性たちの姿もちらほらある。騎士とは、女性に人気の職業である。
 ――これはまぁ、人によるかもしれないが。
 筋肉質な男が好きな女性もいれば、強い男が好きな女性もいる

 騎士団の騎士などは、皆、筋肉質で強い。
 その中にあって、中性的な容姿をした美しい騎士のセツカは、女性たちから絶大な人気を誇っていた。
 あまり愛想のある方ではないのだが、そこがいいのだと言われているらしい。

 これは、いつもセツカへの贈り物を受け取る役目をしているジェルストから聞いた話である。

 エニードは、いつも通りに模擬剣を持ち、訓練所で五人の兵士たちの前に立つ。
 一人一人を相手にしていると時間が足りない。五人同時に相手をして、エニードから一本とることができたら合格としているが、いまだに合格者が出ないのが悩みの種だ。

「来い」
「今の団長に切りかかることはできません」
「肌に傷をつけたら大変なことになります」
「うるさいぞ。私は私だ。今までと変わらん。私の肌に傷をつけることができる自信があるのか? 楽しみだ。かかってこい」

 向かってくる騎士たちを剣でいなし、その体を踏み台にしてくるりと飛んで、胴や肩に剣を打ち付ける。
 ばたばたと倒れる騎士たちに一瞥もくれずに、「次!」と、エニードは待機している騎士たちを促す。

 女性たちからは黄色い歓声があがり――ふと、視線を向けると、女性たちの中に混じって、クラウスの姿があった。
 もしかしたら今までも、セツカを見に来ていたのだろうか。
 あまり意識していなかったから、気づかなかっただけで。
 恋する乙女のような顔でセツカを見るクラウスが、哀れなような愛らしいような、妙な気持ちになる。

(すまない、私は女なんだ)

 申し訳なさと、罪悪感と、秘密が暴露されるだろう安心感の綯交ぜになった心境で、エニードは全ての稽古を終えた。

 エニードは涼しい顔をしているが、訓練所の土の上には、今日もエニードに勝てなかった騎士たちが転がっている。

「セツカ様、汗拭き用のハンカチです!」
「セツカ様、お飲み物です!」

 用意のいい貴族女性たちが、次々に飲み物などをさしだしてくれる。

 ハンカチはいいが、飲み物はダメだと、エニードはジェルストやラーナに口を酸っぱくするほど言われている。

 あやしい薬が入っているかもしれない、と。
 考えすぎた。
 そもそも、エニードに薬は効かない。
 度重なる祖父との遠征で、野草やら毒草を食べすぎたために、すっかり胃腸が丈夫になっていた。

「すまないな」
「きゃあ~!」
「セツカ様に汗を拭いていただいたわ! このハンカチは宝物にします!」
「洗ってくれ」

 果たしてこの女性たちは、私が女だと知っているのだろうか──と、エニードはふと考える。

 今まで気にしたことはなかったが、クラウスがまるでエニードがセツカだと気づかないことで、若干自分の見た目について悩んだ。

 まぁ、これで万事解決だろう。
 クラウスには悪いが、私の顔をよく見てくれという気持ちで、見物人たちに紛れるひときは美しい男をじっと見つめた。

「クラウス様、実は──」
「せ、セツカ殿、今日も良い天気ですね」
「曇りですが」
「で、では、失礼します」

 エニードがクラウスに近づくと、クラウスは顔を真っ赤に染めて、天気のことを言い捨てて、脱兎の如く逃げてしまった。
 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花
恋愛
第八回 アイリス恋愛ファンタジー大賞 一次選考通過作品に入りました!  完結しました。ありがとうございます  シナリオが進む事のなくなった世界。誰も知らないゲーム後の世界が動き出す。  大崩落、王城陥落。聖女と祈り。シナリオ分岐の真実。 激動する王国で、想い合うノエルとアレックス王子。  大切な人の迷いと大きな決断を迫られる最終章! ーあらすじー  8歳のお誕生日を前に、秘密の場所で小さな出逢いを迎えたキャロル。秘密を約束して別れた直後、頭部に怪我をしてしまう。  巡る記憶は遠い遠い過去。生まれる前の自分。  そして、知る自分がゲームの悪役令嬢であること。  戸惑いの中、最悪の結末を回避するために、今度こそ後悔なく幸せになる道を探しはじめる。  子息になった悪役令嬢の成長と繋がる絆、戸惑う恋。 侯爵子息になって、ゲームのシナリオ通りにはさせません!<序章 侯爵子息になります!編> 子息になったキャロルの前に現れる攻略対象。育つ友情、恋に揺れる気持<二章 大切な人!社交デビュー編> 学園入学でゲームの世界へ。ヒロイン登場。シナリオの変化。絆は波乱を迎える「転」章<三章 恋する学園編> ※複数投稿サイト、またはブログに同じ作品を掲載しております

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...