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血吸い花
死神、あるいは混沌を刈り取る秩序の守人
しおりを挟む呂希さんは、なぜか食べかけのお食事の乗った皿を、私の前にスライドさせて動かした。
それからフォークでお肉をつつく。
「これ。このステーキが、この世界ね。杏樹ちゃんと、僕が住んでる世界」
「ステーキが、世界ですか」
「うん。それで、このマッシュポテトが、世界を見守る観測者。つまり、まぁ、神様みたいなもの」
「神様……」
「そう。神様。普段は何もしないよ。ただみてるだけ。魑魅魍魎が人を食い荒らしているのに、何にもしない。見てるだけね」
「よくわからないですけど、そうなんですね……」
突然はじまった説明に、うまく頭が追いつかない。
ステーキをマッシュポテトはずっと見ているのね。ステーキが食べられても何もしないで見ているのよね。だって、マッシュポテトだし。
「でもね、時々。どうしても許せないことが起こるんだよ、マッシュポテトにとって」
「マッシュポテトは何が許せないんですか?」
「ステーキに、マヨネーズがかけられること、とかかな。っていうのは冗談で、本来なら食べられるはずのステーキが、食べられないことだね。死の運命を辿る者が、それを回避した場合。マッシュポテトは、兵をステーキに放つんだよ」
呂希さんは、フォークでアボカドをステーキに向かって転がした。
「これが、死神。死神って、便宜的に呼んでるけど、実際は、刈り取る者。それから、秩序の平定者。そんな名前。……神の分身だね。いわゆる、神兵ってやつ」
「……はぁ」
「ま、深くは考えなくて良いよ。結局、化け物だから。妄念やら、魔性の者やら、そういう類と同じ。死の運命から逃れた人間を死者の国へ連れて行くまで、それはもうしつこく追いかけてくる、面倒臭いやつでね」
「それを、呂希さんは退治してたってことですか?」
「うん。まぁ、そう。秩序の平定者なんて、滅多に現れるものじゃないんだけど。個人的に、ちょっとした遺恨があって。……絶対殺すって思ってたのに、逃しちゃったし、死にかけるし」
「……それぐらい、強いんですね」
「神と同義だからね、あれは。でも大丈夫。だって杏樹ちゃんがいてくれるし。次は負けないよ」
呂希さんは私の前からお皿を自分の前に戻すと、フォークでマッシュポテトをぐしゃぐしゃと潰した。
「遺恨……誰かが、呂希さんの大切な方が、死者の国に連れて行かれてしまったんですか?」
私は、遠慮がちに聞いた。
もしそうだとしたら、とても苦しいことだ。
私が呂希さんに血を飲んでもらうことで、呂希さんの傷を癒したり、魔力を回復することができるのだとしたら、協力したい。
「まだ、連れて行かれてないよ」
「じゃあ、守ってあげなくちゃいけませんね」
「うん。そうだね」
呂希さんは、にっこり微笑んだ。
「ちゃんと守るよ。杏樹ちゃん。安心して」
私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
私が協力しないと、死神には勝てないから、私を守ってくれる。
そういうことなのかしら。
心臓に残った針のせいで、心臓がずきずき痛んだ。
感傷なんて無駄なものだ。
だって、毎日生きているだけで、私は精一杯だし。
死んでも良いなんて思っていないし、死にたいとも思っていないけれど。
生きる理由も、特にみつからない。
そんなものを考えている暇はない。
だって、お金はないし、誰もいないし、私は、自分の足で立たなくてはいけないんだから。
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