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血吸い花
引っ越しの支度
しおりを挟むアパートの解約やら荷物の片付けやらは全部クラウスさんがしてくれるのだという。
私は当面の着替えなどを、一つだけあるボストンバッグに詰め込んだ。
そんなに大きくないバッグ一つに、夏用の洋服は全部入ってしまった。
そのほかに必要そうなものはクラウスさんがてきぱきと、こちらも一つだけあるリュックの中にしまってくれた。
クラウスさんの手際は、とても良い。
呂希さんと一緒に暮らしているクラウスさんは、家事全般を任されているそうだ。
任されているというか、それを仕事にしているというか。
僕というのは、執事のようなものらしい。執事というものが私にはよく分からないけれど、ようは『お母さん』みたいなものなのだろう、多分。
鞄に入りきらないものは、要らないものだ。
そういえば呂希さんに買ってもらったばかりのテレビが気になる。
買ってもらったというか、気づいたらあったというかだけれど。
「呂希さん、テレビ……せっかく買って貰ったのに」
「ずっとここで杏樹ちゃんと一緒に暮らす予定だったけど、僕たちの将来設計にとって六畳間は狭すぎるから残念だけど置いていこうね」
「……でも、もったいないです」
「杏樹ちゃん、テレビ、好き? 杏樹ちゃんのためなら、百二十台ぐらい余裕で買ってあげるよ、テレビ」
「屋敷をテレビで埋め尽くすつもりですか、呂希様。こちら、気になるのならあとで運びましょう。杏樹様がこれから生活なさる客室には、テレビがないですからね」
ボストンバッグとリュックサックを両手に持ったクラウスさんが、やや呆れたように言った。
呂希さんは俄に目を見開くと、クラウスさんを睨む。
「杏樹ちゃんは僕と一緒に、僕の部屋で住むんだよ、クラウス」
「杏樹様に許可は?」
「ね、いいでしょ、杏樹ちゃん。ベッド広いし。僕は結構大きいけど、邪魔にならないように端のほうにいるから」
呂希さんは私の手を握ると、上目遣いで言った。
私よりも呂希さんの方が背が高いのに、上目遣いをされるというのはとても奇妙な気がする。
そんなことより、呂希さんはどうしてそんなに私と一緒にいたいと思ってくれるのかしら。
やっぱりよくわからない。
「ベッドだけでこの部屋ぐらいあるから、大丈夫だよ、杏樹ちゃん。もう一緒のお布団で寝ている仲なんだし」
「……まぁ、そうです、けど」
私の部屋は、私と呂希さんとクラウスさんがいるだけで、六畳間はぎちぎちだった。
ぎちぎちというか、一応動くことはできるのだけれど、一歩足を踏み出しただけでどちらかにぶつかりそうではある。
呂希さんもクラウスさんも大きいので、部屋が狭いせいだけではないだろうけれど。
それにしても、私の部屋はお布団が一組しかないから一緒に寝たわけで、部屋がたくさんありそうな呂希さんのお屋敷で、同じ部屋で寝起きするのはなんだか違うような気がする。
勢いに飲まれて頷いてしまったけれど、このところの私は流されすぎなのではないかしら。
嫌、というわけではないのだけれど。
呂希さんのことは、嫌いではないし。
好きかと言われたら、好きなような気もする。
感情というものは、どうにもふわふわしていて、掴みどころがなくて、苦手だ。
それが自分の感情かどうか、本当に、自分がその感情を抱いているのか、どうにも自信が持てない。
「じゃあ、決まりね。僕の部屋にもそういえばテレビないから、ちょうど良いよね。運んでおいて、クラウス」
「承りました、呂希様。それでしたら、杏樹様の衣服なども呂希様の部屋に運んでよろしいですね」
「うん。クローゼット、空いてるでしょ」
「ええ、とても。それから、杏樹様。杏樹様の学校の教室から、杏樹様の荷物も回収しておきました。学生鞄には、携帯電話が。必要ですか?」
「あ……はい、ありがとうございます……」
クラウスさんは私が学校で先生と怪物に襲われた時に一緒にいなかったけれど、何があったか全て知っているようだった。
クラウスさんの胸ポケットから、私の携帯電話が出てくる。
私が受け取る前に、呂希さんが先にクラウスさんからそれを奪い取った。
「着信、二件。雛菊さんからと、柏木茜からだね」
画面の表示を確認して、呂希さんが言う。
それから「良かった、杏樹ちゃん。男からの着信見つけたら、携帯を圧し折ってるところだった」と言って、へにゃりと笑った。
多分冗談だとは思うけれど、私の携帯に電話をかけてくる男性なんていないので、そんなことにはならないから大丈夫。
「アルバイト、休んじゃったから……心配してますよね」
「それなら問題ありません。私の方で、山河雛菊様には事情を説明してあります。柏木茜の方は、保留にしてあります」
「クラウスさんが?」
「ええ。杏樹様が不在の間、呂希様の仕事に巻き込まれてしまったことを謝罪し、代わりに働いていました」
「クラウスさんが、雛菊さんのお店で接客を?」
「メイド服を着て」
「そう、メイド服を着て」
呂希さんの言葉に、クラウスさんは深く頷いた。
多分冗談だと思うけれど、あまりにもさらりとクラウスさんが同意したので、一瞬メイド服を着たクラウスさんの姿が脳裏を過ぎった。
案外似合うような気がした。
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