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支配の蠱毒
放課後の進路指導
しおりを挟む放課後になり、茜は「金曜日は部活、お休み。杏樹も先生の話終わったら、すぐ帰りなよ?」と言いながら、教室から出て行った。
校門に向かう生徒たちとは逆方向の、進路指導室へと私は向かった。
一階の教員棟のさらに奥にあるのが進路指導室。
その奥にあるのは保健室。
どちらもお世話になったことは今のところない。
今の生活を送りはじめたときに一度、雛菊さんと一緒に校長室に行ったことはある。
私の事情の説明と、色々な書類の記入を、私の保護者の役割をしてくれている雛菊さんが行ってくれた。
私はふかふかのソファに体を固くして座りながら――早く大人になりたいな、と考えていた。
職員室の横を通り過ぎて、進路指導室の扉の前まで歩く。
上履きのゴム底は廊下を歩く足音を少しだけ吸収してくれる。
廊下には、私のほかに誰もいなかった。
「失礼します」
声をかけてから、扉を開く。
八畳程度の広さの進路指導室には、長机が一つとパイプ椅子がいくつか。
長テーブルの奥の窓を背にしておかれた椅子に、辰爾先生が座っている。
その前にぽつんと置かれた、恐らく生徒用のパイプ椅子は、まるで取り調べを受ける犯罪者を連想させた。
辰爾先生は、茜の言っていた通りまだ若い。
教師と親しくするタイプではない私は、個人的に話したことは一度もない。
少し眺めの黒い髪が目にかかっている。
三十代手前ぐらいだろうか、茜が言っていたように、なるほど、女生徒達に人気があるというのも分かる。
爽やかさと、大人の色気のようなものが複雑に混じりあっている男性教師に、狭い世界に閉じ込められている女生徒が、憧れを抱いてしまう気持ちはなんとなくわかる。
私は、そうではないけれど。
辰爾先生のような大人の男性は、あんまり得意じゃない。
進路指導室の扉を閉じると、僅かばかりの息苦しさを感じた。
「急に呼び出してすまなかったな、杏樹」
親しくもなければ担任でもない先生に『杏樹』と呼び捨てにされるのは、どうにも居心地が悪い。
けれどそれを顔に出すわけにもいかずに、私は軽く会釈をすると、部屋の真ん中にぽつんと置かれているパイプ椅子に座った。
不躾な視線に、体が緊張する。
突然首筋に氷を押し付けられたような不快感に、歪みそうになる表情をなんとか取り繕う。
愛想笑いはできないけれど、眉をひそめてしまうよりは、無表情でいたほうが幾分か良いだろう。
「進路の相談だと聞いたのですが」
私の質問は、狭い空間に白々しく響いた。
辰爾先生の背後にある空間を切り取ったような窓の外は、雨だ。
今日も、雨。
六月だから、仕方ないのだろうけれど。
グラウンド側の景色しか見えないそこには、勿論誰もいない。
今頃みんな、傘をさして家路についているのだろう。
不意に、不安が腹の底から這いあがってくる。
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