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支配の蠱毒
アルバイトの提案
しおりを挟むアルバイトって、何だろう。
不思議に思って呂希さんを見上げると、呂希さんは秀麗な顔立ちをへにゃりと崩して笑った。
「永久就職って言うんだっけ。僕が杏樹ちゃんを養ってあげるよ」
「そういうの、軽々しく言わない方が良いと思いますけど」
「本気なのに」
「まさか、食料として、家に置いておきたいとか、ですか」
「食料?」
「呂希さんは血を飲むんですよね? 各地のアパートに食料の女の子が……」
「そ、そんな風に見える? 僕、軽薄そう?」
「そういうわけじゃないんですけれど、……でも、ほぼ初対面の私に、優しいですし」
「杏樹ちゃんにだけだよ。そもそも女の子の知り合いとかいないし、血を飲んだのだって、杏樹ちゃんが初めてだし。僕の初体験を捧げたわけだから、責任とってもらわないと」
「よくわからないんですけど、毎日血を飲まなきゃいけないわけじゃないんですか?」
「ダンピールだからね、僕は。吸血族って言っても半分だけだし。基本的には血なんて飲まなくても生きていけるんだよ。普通に歳もとるし。ただ、血を飲むと魔力の回復が早いのと、魔力量が増えるから、元々強い僕が最強になっちゃうって言うだけで」
夜空にはどんよりと雲がかかっていて、星が見えない。
雨は降っていないけれど、生温い風が肌を撫でていく。
半袖の夏服の制服から伸びる剥き出しの腕が、しっとりと湿っているような気さえする。
「呂希さんのお仕事って、ええと……」
どうにもはぐらかされている気がして、隣を歩く呂希さんに視線を向ける。
街灯の明かりに薄ぼんやりと照らされた呂希さんは、どうにも存在感が希薄だ。
瞬きをひとつする間に、幻みたいに消えてしまいそうな気がする。
私たちの会話に現実味がないせいなのかもしれない。
「悪いものをやっつける訳だから、正義のヒーローと言ってくれても良いよ」
「つまり、人助け、ということですか?」
「うん。……うーん……、どうかな。僕、自分で言っておいて何だけれど、あんまり人間好きじゃないんだよねぇ」
呂希さんはふにゃりと笑いながら言う。
笑いながら言うことでもないような気がするけれど。
「それは……、呂希さんがダンピール、だからですか? 人間とは違うから?」
「そういうわけじゃないよ」
「私は人間ですけれど……」
「杏樹ちゃんは特別」
「食料として?」
「そうそう。食後のデザートとして。……というのは冗談。でも、杏樹ちゃんは特別」
呂希さんの言葉は軽々しいのに、その言葉はすとん、と私の胸の中に落ちて、じわりと優しく広がっていく。
少しづつ、日常が浸食されていくように、私の景色が変わっていく。
名前も知らない他人ばかりが通り過ぎる街を眺めながら生きていたのに、私の見る景色に、呂希さんが映り込んでいる。
それは――少し、怖い気がした。
断続的に低い音が、唐突に微かに鼓膜を震わせた。
なんだろうと視線を巡らせる。
携帯電話が、呂希さんの服のポケットの中で震えているようだった。
「呂希さん、電話、出ないんですか?」
「杏樹ちゃん、もう夜の八時を過ぎているんだよ。僕の営業時間は終了しました。これから家に帰って、お風呂に入って、杏樹ちゃんと寝るので、電話とか知らない」
「ご家族が呂希さんを探しているんじゃないですか? 心配されているんじゃ……」
「安心して、僕、家族とかいないし。こんな非常識な時間にかかってくるのは、仕事の電話」
「それならなおさら出た方が……」
「杏樹ちゃん夕ご飯食べた? コンビニよってなんか買っていこうか。何が良い? アイス?」
「呂希さん、電話……」
「可愛い杏樹ちゃんには、一番高いアイスを買ってあげよう。ほら、行こう」
呂希さんは私の手を握って、強引に引っ張る。
気づけば携帯電話の着信は止んで、私は帰り道の途中にあるコンビニに連れ込まれたのだった。
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