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支配の蠱毒
当然のように一緒に帰る
しおりを挟む呂希さんがバニラアイスの乗ったメロンソーダを飲み終わる頃、私のアルバイトも終了の時間になった。
夜の時間帯は、それなりに忙しい。
お水を出したり、注文をとったり、お食事を運んだり、空になったお皿を運んで洗ったり。
呂希さんと話す時間もないぐらいで、呂希さんはカウンター席に静かに座っていた。
暇を持て余しているのか私を見ていることが多かったので、時々目があった。
どうして良いのか分からずに私が曖昧な笑みを浮かべると、嬉しそうに目を細める。
何を考えているのかよくわからない。
わからないけれどーーでもなんとなく、くすぐったいような気持ちになった。
「杏樹、お疲れ様。気をつけて帰ってね。夜道、心配だったけど、今日は呂希君が一緒だから大丈夫ね」
メイド服から制服に着替えてお店の中に戻ると、雛菊さんが声をかけてくれた。
「僕がいるから大丈夫だよ、雛菊さん。杏樹ちゃんのことは、僕が守るから」
「頼りにしているわね。この子、人にあまり頼らないところがあるから」
「杏樹ちゃんが頼らない分、僕が構い倒すから大丈夫」
「それなら良かった」
私が口を挟む暇もなく、雛菊さんと呂希さんの会話が弾んでいる。
呂希さんとはそういう関係じゃないとか、会ったばかりだとか、色々説明したほうが良いのだろう。
けれど結局何も言うことができないまま、雛菊さんに挨拶をすると、私は呂希さんと一緒に家路についた。
呂希さんは、着痩せをするのか、服を着ているとなんとなく体が薄いように見える。
顔を見るためには見上げなければいけないほどに背は高くて、少しだけ猫背だ。
月明かりと心許ない外灯に照らされた白い髪や肌は、どことなく幻想的で、隣を歩いているのに別の世界の人のように感じられる。
「呂希さん、あの、呂希さんの家は、どちらなんですか?」
私と同じ方向に躊躇いなく歩いていく呂希さんに尋ねてみる。
送ってくれるのは嬉しい。
夜道を一人で歩くのは慣れているけれど、一人よりも二人の方が、やっぱり心強い。
でも、呂希さんには服があるし、もう体も大丈夫そうだし。
帰らなくて、良いのかしら。
「何言ってるの、杏樹ちゃん。杏樹ちゃんの家が僕の家だよ?」
「呂希さん、家がないんですか?」
どことなく浮世離れした雰囲気のあるひとなので、決まった定住地などもないのかもしれない。
呂希さんの話をどこまで信じて良いのかわからないけれど、どうにもやっぱり現実味が薄い。
住所不定無職、と言われた方が、まだ納得できる。
「そうそう、家がないんだよ」
「普段はどうしているんです?」
「公園のベンチとかで寝ているね」
「それは、大変ですね……」
私は俯いた。
なんとかしてあげたいけれど、私もお金はない。
「ごめんなさい、私、お金がなくて。今月はもうお財布に五千円しかないんですけれど、呂希さんが困っているなら、あげます」
「まさかこんなにあっさり信じちゃうなんて……。杏樹ちゃん、路上でいかがわしいお兄さんに捕まって、幸運のお守りとか買っちゃうタイプ?」
「いえ、買えるほどのお金がないので」
「大丈夫だよ。僕のお仕事、結構儲かるから。信じてないでしょ、杏樹ちゃん」
「なんだか、現実味がなくて」
「それじゃ、今から一仕事しようか。杏樹ちゃん、アルバイトしてみる?」
良いことを思いついたように呂希さんが言った。
私は何のことかと首を傾げる。
呂希さんは私の姿を上から下まで見下ろして「せっかくなら、メイド服の杏樹ちゃんを連れて帰ってくればよかった」と心底残念そうに呟いた。
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