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支配の蠱毒
結局連れて帰る私
しおりを挟む人型タクシーに運ばれるという得難い経験をした私は、いつもの外階段のついた安いアパートの二階の角部屋に帰ってきた。
『メゾン美晴』という名前の二階建ての、築三十年のアパートだけれど、お風呂もトイレも別々だし、小さなキッチンもあるし、2LDKという大きめの作りにしては破格の安さ。
駅前から多少離れているからと、駐車場がないから、という理由らしい。オーナーさんは優しそうなお婆ちゃんだ。
お婆ちゃんの名前が美晴さんというわけではない。
土地の名前が、見晴ヶ丘というから、メゾン美晴なのである。
いつもの鉄製の扉の前に呂希さんを案内すると、呂希さんは扉の前に私を降ろしてくれた。
細身に見えるし、肌が白いせいかなんとなく病弱に見えるような気もするのに、呂希さんはここまで私を運んできても疲れた様子もなかった。
にこにこ、というか、へらへらしている。
「ええと……、運んでくださって、ありがとうございました。それじゃあ、私はこれで……」
呂希さんとはこれでお別れ。
きっと二度と会うこともないわよね。
色々と聞いたことのない単語を聞いたけれど、私とは関係がなくて、私は明日からもいつもの日常に戻るはずでーー
「杏樹ちゃん、……もしかして、僕のこと不審者だと思ってる?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
道端に血塗れで倒れていて、初対面の私の首筋を噛んで、自分を吸血鬼だと名乗るようなひとは不審者だと思う。
それでも、なぜか怖い感じはしないのだけれど。
私は困り果てながら、扉の鍵を開けた。もう夜も遅いし、あまり廊下で話をしているとアパートの人たちの迷惑になってしまう。
生活の時間帯が違うのか、同じアパートのひとと一度も会ったことないけれど。
「じゃあ、ただいま」
呂希さんは、さも当然のように鍵を開けたアパートの扉を開いて、なぜか私よりも先に中に入ろうとした。
一歩踏み出したところで、鈍い音がする。
どうやら背が高いせいで入り口に頭をぶつけたらしい。
「痛い……、背が高く生まれてしまったこの身が憎い……」
「大丈夫ですか? というか、なんで中に入るんですか……!」
頭を押さえて立ち止まる呂希さんの服を、私は慌てて引っ張った。
このアパートで暮らし始めて一年と少し。
友人が少ない上にあまり社交的でもない私は、誰もここに連れてきたことがないのだけれど、まさか見ず知らずの不審者のひとを連れてくることになるなんて思わなかった。
「なんで……、だって、僕、服が血まみれだし……、このまま外をうろうろしたら、警察に捕まっちゃうかもしれないし……」
「で、でも、着替え、ありませんよ、私、一人暮らしですし、私の服、着れますか?」
「サイズが違いそうだからなぁ、無理かな。ワンピースとか、僕ならきっと似合うと思うけど」
「じゃあ私の部屋に来ても何にも解決しませんよ……、ワンピース、確かに似合いそうですけど」
「今の、冗談なんだけど」
呂希さんは綺麗な人だけれど、女性的というわけではない。
あくまで男性として、綺麗な人だ。
ワンピースが似合うかどうかはちょっとよくわからない。もしかしたら似合うかもしれない。
混乱した私はどうでも良いことを考えた。
私がどうでも良いことを考えている間に、呂希さんは狭い玄関で靴を脱いでさっさと中に上がり込んで、馴染みの我が家ぐらいに馴染んだ様子で電気をつけて奥に入っていった。
私は扉を閉めて、施錠をすると、慌てて呂希さんの後を追った。
狭い玄関の横に、バスルーム。反対側にトイレ。それを横切ると、小さなキッチンと冷蔵庫のあるダイニング。開けっ放しのガラスの引き戸の向こう側が六畳間のリビングである。
リビングには、小さなバルコニーがついている。洗濯物が干せる。
我ながら恥ずかしくなってしまうほどに何もないリビングルームの端には、お布団が畳んである。
それから低いテーブルが一つ。
ソファもなければ、テレビもない。
携帯電話の充電器がコンセントにさしっぱなしになっていて、充電器のコードが畳の上に尺取り虫のように白くうねっている。
お洋服はクローゼットというか、押し入れの中に全部入っている。学校で使うものや、教科書の類もそこ。
だから、私の部屋は畳の上に小さなテーブルと畳まれたお布団だけある、という惨状だ。
もう、大惨事よね。
引っ越ししたて、とかじゃないのに、この有様。
部屋の入り口で立ちすくんでいた呂希さんは、私を振り返りとても心配そうな表情を浮かべた。
「杏樹ちゃん……、刑務所みたい……」
「確かに」
反論する気も起きずに、私は頷いた。
本当にーーそうよね。
刑務所、みたい。
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