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ルナリア、少しだけ怒られる 2
しおりを挟むレーヴェ様に注がれる視線は、尊敬と敬愛に満ちている。
感嘆の声と共に拍手が湧き上がる。深々と、礼をする方々もいる。
レーヴェ様はこの国の――守護聖獣様。
そんなレーヴェ様に抱き上げられているのが、何の取り柄もない、ただの貧乏伯爵家の娘だった私というのは、なんだか申し訳ない気持ちになる。
大広間には華やかに着飾った若い貴族女性たちが沢山いて、私よりもずっと美しい人も、身分が高い人も、それはもう沢山いるのに。
――たまたま、選ばれたのが私。
運が良かった。それだけ。
「……それでは。私はここで失礼するよ。――祝福を」
レーヴェ様がそう言うと、大広間の天井からきらきらと花びらが舞い落ちてくる。
それは春の訪れを祝うような、薄桃色の花びらだった。
花びらは皆の体やどこかに触れると、輝く粒子と共に消えていった。
再び歓声と拍手が湧き上がる。
その熱狂に慣れているように、レーヴェ様は私を抱いたまま大広間を後にした。
大広間の奥の扉から、お城の奥へ奥へと進んでいくレーヴェ様の腕の中で、私は熱心にレーヴェ様を見つめていた。
大広間から出てしまうと、お城の中はとても静かだ。
もう、日が暮れたのだろう。回廊から見える外の景色は暗くて、空には星が浮かんでいる。
壁に等間隔で設置されているランプの明かりがゆらゆらと揺れている。
橙色に照らされた回廊を歩くレーヴェ様の姿は神秘的で、私はずっとうっとりしていた。
「レーヴェ様、さっきの、格好良かったです……好き……」
「私も好きだよ、ルーナ……っ、あぁ、もう、可愛いなぁ……!」
さっきまでは威厳のある神官長様という感じだったけれど、今はいつもと同じレーヴェ様だ。
九本の尻尾が嬉しそうにぱたぱた揺れている。
「でも、駄目だからね……可愛いことを言っても駄目。私は少し怒っているのだから……」
「レーヴェ様……怒らないで……ごめんなさい、嫌いになる……?」
「ならない……ならないけれど……っ、ルーナ、的確に私の急所を突いてくる……可愛い、好きだ……」
レーヴェ様は、私がお酒を飲んだことを怒っているのよね。
私はあんまり働かない頭で考える。
私、どうしたのだったかしら。
あのとき――そう、ミエレ様とお話していた。
そうしたら、レーヴェ様が女性たちに囲まれていて、私は悲しくなってしまって――。
全く飲んだことがないお酒を飲んだのよね。
でも、お酒といっても食前酒によく飲まれている、果実酒なのだけれど。
それで、私が飲み干したグラスをいつの間にか私の側に戻ってきていたレーヴェ様に抜き取られて。
「ルーナ、踊ろうか。私はこの息苦しい場から離れたいし、ルーナが酒を飲んだことを怒っているよ」
と、言われて。
大広間の中央に、レーヴェ様に手を引かれて向かったのだったわね。
気づいたら――ダンスを踊っていた。
「ふふ……レーヴェ様、ダンス、楽しかったです……」
「私も楽しかった……ルーナ、可愛い。駄目だ、可愛い。でも……お仕置きをしなくてはいけないよね。だって、私がいないところではじめて酒を飲むなど……ルーナのはじめてを、私は全部近くで見たいというのに、しかも二人きりのときではなく、皆のいる場でこんなに可愛いルーナの姿を見せてしまうなど……」
「お仕置き……?」
「うん。……悪いことをしたから、お仕置き」
「レーヴェ様、……ごめんなさい。私、……悲しくなってしまって。……レーヴェ様は素敵な方だから、女性たちに人気があって、それは、当たり前で……私は、レーヴェ様に相応しくないんじゃないかって」
「ルーナ……」
「お仕置き……してください……レーヴェ様のこと、大好きだから、私……はしたないこと、たくさんされたい。頑張りますね……?」
「……致死量のルーナを浴びて、死にそう。幸福でも人は死ねるのだね……」
「嫌です……レーヴェ様、元気でいてください……」
「大丈夫だよ、私は常に元気だ。ルーナのお陰だね。……決意が揺らいでしまうね、今すぐ帰りたい……だが、滅多にない機会を逃して良いのかという葛藤が……一応、国のためでもあるし……」
レーヴェ様は何かをぶつぶつ呟きながら、お城の奥にある一室に入っていった。
扉の警備をしてくれている女性の兵士の方が、「こちらに」と、レーヴェ様を恭しく通してくれる。
そこは綺麗に整えられた広いお部屋だった。
飲み物や食べ物も用意してあって、宿泊用のお部屋に見える。
「ルーナ……して良いんだよね、お仕置き」
「はい……レーヴェ様、私……体がふわふわして……レーヴェ様にもっと、ぎゅってしてもらいたくて……」
「良いよ、ルーナ。たくさんしてあげる。……痛いことはしないよ。でも、私の好きなようにして良い?」
私はこくんと頷いた。
さっきまで大広間にいたはずで、ミエレ様と楽しくお話をしていたはずなのに。
どうしてこんなことになっているのかしら。
ふとそんな疑問が頭を過ぎったけれど、大きな天蓋付きのベッドに降ろされると、これから起こることへの期待とほんの少しの不安で、胸がいっぱいになってしまった。
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