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ルナリア、はじめて嫉妬する 2
しおりを挟むレーヴェ様以外の方とお話しするのは本当に久しぶり。侍女の方々には声をかけても返事をしないものね。
もちろん、レーヴェ様とお話しするのは楽しいし、二人きりの生活は嫌なことも何もないのだけれど。
でも、ミエレ様とお話しできるのは嬉しい。
「……そうね、そこまで大変ということもないのだけれど。シルディスは、お馬鹿さんだけれど可愛いし、素直だし……でも、あの見た目でしょう? 口数も少ないし、妙にずれている部分もあるから。どうしても、私がしっかりしないとって思うわよね」
「ミエレ様と結婚できて、皇帝陛下は幸せです。烏滸がましいことですが、私が選ばれなくて良かったと思います。私、ミエレ様のように立派な皇妃様にはなれないと、思いますし……」
「そうでもないのよ。私、……恋愛に憧れている夢見がちな女だったもの」
「ミエレ様が?」
「ええ。誰にも話したことはないけれど、……ルナリアさんには言っても良いわよね。ルナリアさんはきっと、笑わないと思うし」
「笑ったりしませんよ……!」
「ありがとう。……私ね、ずっと素敵な恋愛がしたいと思っていたのよ。街角で、素敵な騎士の方に見初められるとか、晩餐会の夜にすれ違った男性と、恋に落ちるとか。そんな恋愛がしたいなって、思っていたの」
「ふふ、良いですね……とっても素敵です。恋愛、憧れますね……」
「ごめんなさい、ルナリアさん。……私、傲慢ね。だから、花嫁選定の時も態度が悪くて。ルナリアさんは家のために結婚しなきゃいけないって必死だったのに、私は……今となっては、反省ばかりよ」
「そんな……私に気を使う必要はありません。私の事情は、私の事情なのですから、ミエレ様の夢とは関係のないことで……私も、少し憧れます。恋愛……ふふ、恋愛……」
私は、恋をしている。
レーヴェ様に一目あった時からずっと。
そう思うととても幸せな気持ちになって、私はうっとしりながら「恋愛」と繰り返した。
「でも、今は皇帝陛下のことが好きなのですよね……?」
「ええ。まぁ、そうね。なしくずしに……なんだかそうなってしまったというか、あの人には私がいないと駄目だって思ったというか……一生懸命で、犬みたいだなって思うっていうか……」
「犬?」
「ええ、そうね……」
「レーヴェ様には狐の尻尾と耳がはえていて、ふさふさなのですよ。皇帝陛下にも耳が?」
「幻の耳が見えるときはあるわよ。犬の」
「耳、良いですよね。ふさふさで可愛くて……」
「……ルナリアさん、つかぬことを聞いても良いかしら」
「つかぬこと?」
ミエレ様が小さな声で尋ねてくるので、私も声を小さくした。
ミエレ様のどこか艶のある声が、鼓膜に触れる。
私は常日頃からレーヴェ様に耳を舐められたり舐められたり、舐められたりしているので、それだけで体が少しぞわりとした。
「……神官長様は、ルナリアさんに優しいの? ……その、夜の、ことなのだけれど……」
「夜の、レーヴェ様……?」
レーヴェ様は夜も昼も優しいけれど、どういうことなのかしら。
「……夫婦の営みのことなのだけれど」
「夫婦の……! ごめんなさい、夜のって言われても、よくわからなくて……レーヴェ様は、お昼も朝も、夜も、たくさん可愛がってくださるので……」
「そ、そうなの」
「はい。私、レーヴェ様と結婚するまではよく知らなかったのですけれど、夫婦というのは奥深いものなのですね……」
「奥深い……?」
「ミエレ様は当然ご存じだと思うのですけれど、私の家は、褥教育などを受けているような余裕もなかったものですから、私、あまりいろいろなことを知らなくて……」
ミエレ様が真剣な表情で私を見ている。
もしかして、私がレーヴェ様に酷いことをされているのではないかと、心配してくれているのかもしれない。
ほら、さっき、身売りをするしかなかった──とか、言ってしまったから。
「あの、お庭とか、お風呂とか、それから食事との時とかも……愛し合うものなのですね。離れている時も、魔力で、私と繋がってくださることもあって……これは仕組みがよくわからないのですけれど、ともかく、たくさん愛してくださるのですよ。夫婦なのですから、問題はないのですけれど、ちょっと恥ずかしい時もあります」
「……ルナリアさん」
「は、はい」
「……私、すごく不安になってきたわ」
「ええと、どうしてでしょうか……」
ミエレ様が気遣うような視線を私に向けている。
何か、言ってはいけないことを言ってしまったのかしら。
私も不安になってしまって、少し離れた場所にいるレーヴェ様と皇帝陛下をちらりと見た。
そうして、見てしまった。
たくさんの貴族女性の方々に囲まれているレーヴェ様を。
にこやかに貴族女性たちとお話ししているレーヴェ様を。
貴族女性たちは、レーヴェ様に声をかけられて、頬を上気させて喜んでいる。
潤んだ瞳に、上気した頬と、嬉しそうに綻ぶ口元。
皆、恋する女性の表情を浮かべている。
「……っ」
ずきりと胸が痛んだ。
こんな感覚は、はじめてかもしれない。
レーヴェ様は、私のレーヴェ様なのに──。
身勝手な感情が胸を支配して、それを振り払うように私は、グラスのお酒をぐいっと飲み干した。
違うわよね、私。こんなのはいけない。
レーヴェ様は神官長様で、そんなレーヴェ様を慕っている人たちはたくさんいるのだから。
私はたまたま、レーヴェ様の花嫁になれただけ。
運が良かった。それだけなのだから。
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