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不機嫌なミエレ・マルベリ、皇帝陛下を名前で呼ぶ 2
しおりを挟む少しゆらゆらする積み上がったクッションを眺めながら、そういえば私下着姿だったと、はっとして、ベッドの上のシーツを手繰り寄せて体を隠した。
「そのことだが、ミエレ。お前を逃したくないあまり、俺は少々、横暴だったと思う」
「今更何をおっしゃっていますの。誰がどう見ても横暴でしょう」
「つい、癖でな。捕虜などは牢獄に入れるが、妻に逃げられないようにするためには、こうするしかなかった」
「他に方法はいくらでもございますでしょう……!」
やっぱり捕虜扱いされていたのね、私。
私は皇帝陛下を睨みつけた。
何を考えているのかさっぱりわからないわよ。
うん。でも、私、これぐらいされないと逃げていたわね。
何がなんでもお城から逃げ出していたと思うのよ。
そう思うと、皇帝陛下は慧眼なのかしら。私が逃げ出すこと、よくわかっているのね。
「ミエレ。……その、悪かった。……婚姻の準備が整い、正式に妻に迎え入れるまで逃げ出さないようにしたかった。それに、お前を逃せば侍女たちは責任を感じてしまうだろうからな。俺が四六時中見張るわけにもいかない。つまり、こうするしかなかった」
「絶妙に、謝っていないような気がしますわよ」
「反省は、している。それだけ、俺はお前が欲しいということだ。……だが、このままではお前は不自由だろう。首輪は外してやろう」
「さっさと外しなさい」
外してやろう、とか。
偉そうに言われると、腹が立つわよね。
皇帝陛下が私に近づいてくるので、私はじっとしていた。
近寄られたくはないのだけれど、首輪を外してもらうためだから、仕方ない。
「ミエレ。……首輪は、外す。だが、俺のいうことを一つ聞け」
「なんですの? 交換条件というやつですわね。……内容によりますわよ」
何かしら。
首輪を外すかわりに、俺に服従しろ、とか。
そういう感じかしら。今まで何もしてこなかった皇帝陛下だけれど、とうとう本性を顕にするのね。
だって蛮族だもの。
「その……名前で呼んでくれないか。俺のことを、シルディス、と」
「嫌です」
「駄目か」
「……皇帝陛下はどうして私に名前で呼ばれたいのです? 私のような生意気な女など、お嫌いでしょう。嫌いだから、嫌がらせをしていると、理解しておりますわ」
「ミエレ。俺はお前を妻にと思っている。嫌いな女を妻になどしない」
皇帝陛下の青空のような澄んだ瞳が、私を真っ直ぐに見つめている。
下着姿でシーツを纏っただけの私を。
何かしら。
今、ちょっとだけ、胸がきゅっとしたような気がする。
気のせいよね。相手は暴君だもの。
「ミエレ。……どうか、名を呼んでくれ。それだけで、良い」
もう一度皇帝陛下はゆっくりと、そう言った。
私は、なんだか意地悪をしているような気持ちになる。
実際意地悪をされているのは私なのだけれど。
でも、私、どちらかというと意地悪をされている人を助ける立場にいたのに。
あまり、よくないわよね。
頼まれているのに、拒否をし続けるというのも。
名前を呼ぶ、だけなのだから。
「……シルディス様」
「ミエレ」
シルディス様は私の名前を繰り返し呼んだ。
無表情だけれど、どことなく嬉しそうに瞳が輝いている。
もしかして、私が意固地になっているだけで、本当はそんなに悪い方ではないのかもしれない。
皇帝陛下、ではなくて、シルディス様は、それから私の首輪を外してくれた。
「ミエレ、婚姻の儀式は明日。それまでは、大人しくしていろ」
前言撤回だわ。
皇帝陛下は退出していった。
外側から鍵がかかる音がした。結局閉じ込められた私はため息をつくと、鳩のポーズを再開した。
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