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ミエレ・マルベリはへこたれない 1
しおりを挟む私は、首にある首輪からのびる鎖を、ぐいぐい引っ張ってみる。
動物用の首輪に見えるのだけれど、それなりに良い作りになっているのか、首輪をしている不快感はそんなにない。
いえ、勿論不愉快なのだけれど。
鎖はカチャカチャと音を立てただけで、外れそうにない。
私をお部屋に拘束した皇帝陛下に枕をぶつけたのだけれど、特に怒られるということはなかった。
拘束するだけ拘束しておいてお部屋から出て行った皇帝陛下は、マルベリ公爵家の両親や兄に私の処遇についての手紙を書くのだという。
「処遇とか。捕虜なのかしら」
私は大変ご機嫌を悪くしながらベッドから立ち上がると、部屋の中を確認する。
鎖は結構長くて、お部屋の隅々までうろうろすることができるし、これもまた割と質の良いものなのだろう、見た目よりは重さを感じなかった。
私、いつまでこのままなのかしら。
絶対逃げてやると心に決めて、とはいえ鎖は外れそうになかったので、お部屋のベッドに座ってひさびさのぼんやりを味わう。
マルベリ公爵家の長女である私は、いつかどこかで素敵な男性と恋に落ちないかしらと期待に胸をときめかせながらも、結構忙しい日々を送っていた。
毎日のように来る婚約の打診の釣書をお母様から見せられたり、お茶会を開いたり、お茶会に呼ばれて参加したり。
ダンスの練習をしたり乗馬をしたり、お兄様の領地経営の補佐をしたり、お母様の相手をしたり、お父様の相手をしたり、お兄様の奥様――義理のお姉様の話し相手をしたり、助けたご令嬢からのお礼の手紙にお返事を書いたり、恋の相談に乗ったり、など。
そんなわけだから、ぼんやりする時間というのはあんまりなかったのよね。
性分なのでしょうけれど、何かしていたほうが落ち着くとでもいうのかしら。
ベッドにいる時間というのは眠るときだけ――だったのよね。今までは。
「病人ではあるまいし……」
天井を睨みながら、そうつぶやく。
それにしても――ルナリアさんは大丈夫かしら。
「クリーチェ伯爵家は、多額の借金を抱えているのよね。……本当は助けてあげたいけれど、マルベリ公爵家の財産も私のものというわけではないのだし」
公爵家の財産は、領民たちの税である。
その資金は、公共事業や、街の警備のための騎士団の配置、学者たちの研究の支援や、孤児院の支援など、諸々に使われている。
それから、その資金を元手にして、マルベリ公爵領では果物の品種改良なども行っているし、化粧品や香水なども作ったりしている。
この国はフィオレイス神官長様――聖獣の化身と呼ばれる方のおかげで温暖な気候であり、天災も起こらない。
それなので、作物は良く育つし、飢饉とも無縁だ。
マルベリ公爵領も、公爵家もお金についていえば、とても潤沢なのだけれど、だからといって、ルナリアさんに沢山お金をあげて助ける、というのは、難しい。
「そもそも、皇帝陛下がルナリアさんを選んでいれば、全ては丸く収まったのではないかしら……」
花嫁選びに来ていたルナリアさんは、少し奇抜なドレスを着ていたけれど。
でも、可愛らしい方なのよね。
ミルクティー色の髪に、菫色の瞳をした、小柄で華奢な女性。
私が男だったらルナリアさんがお嫁さんに欲しい。家族のために一生懸命生きている健気なルナリアさんとなら、きっと幸せな家庭が築けるだろう。
「私、うまれる性別を間違ってしまったのかもしれないわね」
深い溜息をついた。
この世の中には守って差し上げたい可愛いらしい女性は沢山いるのに、私を守ってくれるような、きらきらした男性というのはあまりにも少ない。
婚約の打診はそれはもうたくさんあったけれど、それはマルベリ公爵家の家柄にひかれてのことだと思うし。
私、ぱっと見て、一目で恋に落ちるような。
そう――雷に打たれるような、一目ぼれ、みたいな恋愛にも憧れているのに。
お母様は「ミエレ、人生そううまくいかないものなのよ。結婚なんて妥協も大切よ。本来なら政略結婚するのが普通なのに、お父様はあなたに甘いから、自由にさせて貰っているの。感謝なさい」とよく言っていた。
「妥協も大切かもしれないけれど、これではあんまりだわ」
私は檻に入れられた動物の気分を味わっているわよ、お母様。
妥協とは、横暴な皇帝陛下に、鎖でつながれることではないと思うの。
やることがなさすぎて、私は少しうとうとした。
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