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ルナリア、暇を持て余す
しおりを挟む落ち着かない。
落ち着かない。
うん。
(落ち着かないのよ……)
何度目かの寝返りを打ちながら、私は考える。
初夜が――三日間にも続く初夜が終わって、しばらく私はベッドから起き上がることができなかった。
「ルーナ、一生ベッドから起きなくて良いのだよ。私のルーナ。愛している。ルーナの世話は、私が全部してあげるから」
耳と尻尾のはえたレーヴェ様が、それはそれは嬉しそうに言いながら私をぎゅうぎゅう抱きしめてくださったのは、つい昨日のこと。
私は動けなかったけれど、レーヴェ様は終始お元気そうだった。
やっぱり、ヴェルニア様の血を受けているし、そのあたりは私とは体の構造が違うのだろう。
何かしらの。
「……ただ、寝ているだけというのも……」
大きなベッドの上で天井を見つめながら私は呟く。
確かに横になっているだけで、物言わぬ侍女たちが甲斐甲斐しくお世話をしてくれるのだけれど。
レーヴェ様は今朝お仕事のために大神殿に向かわれた。
一人残された私は、午前中はたっぷり眠って、侍女たちが準備してくれたトマトとポテトのキッシュを、お昼ご飯に食べて。
それから、暇を持て余している。
「伯爵家にいたときは、忙しかったものね……」
朝は早起きして洗濯。
朝ご飯をつくって、弟妹たちを起こして回って。
ご飯を食べさせたあとは、内職をしつつ、お昼ご飯の支度。
午後からは内職の納品をしつつ、お風呂の準備をして、洗濯物を取り込んで、余った時間で内職。
夕飯の準備をして、お風呂に弟妹を入れて、後片付けをすると、一日はすぐに終わってしまった。
その間、借金取りさんの相手をしたり。
お洋服を縫ったり。
お父様を見張ったり。
ともかく私の日々は、忙しかった。
「忙しかったという自覚はあまりないのだけれど、やっぱり忙しかったのよね」
貧乏性なのだろう。
実際貧乏だったのだけれど。
私はいつも動き回っていて、やることが無くて昼からベッドに横になっているなんて、あの頃の私にとっては考えられないことだった。
確かにレーヴェ様に愛して頂いて、倦怠感は残っていたけれど。
でも、元々動き回るような生活を送ってきたからか、結構体力はある方なのよね。
「レーヴェ様がお仕事を終えて帰ってくるのは、昼過ぎだと言っていたわね……」
とても悲しそうな顔で、アフタヌーンティーは一緒に過ごせるからね、と言って出かけていったレーヴェ様。
しゅんと、頭からはえている三角形の耳が垂れていて、可愛らしかったレーヴェ様を想い出す。
いってらっしゃいのキスをしてとせがまれたので、恥ずかしかったけれど軽く唇に触れると、そのまま深く口づけられて、しばらく動けなくなってしまった。
私の、大好きな旦那様。
「……屋敷では、自由にしていて良いと言われたわね」
私はベッドの上から体を起こした。
屋敷に来てからまだ日は浅い。
それなのに、暇を持て余して昼間からごろごろしているなんて、ちょっと耐えられない。
私はベッドから降りると、お部屋から外に出た。
扉を抜けると、長い廊下がある。
顔を白い布で隠した侍女が、私に近づいてくる。
式神の侍女は私に従順らしい。
私が屋敷から逃げだそうとしないかぎりは、私の言うことに従ってくれるのだと、レーヴェ様は言っていた。
「あのね、私、調理場に行きたいの。レーヴェ様は、アフタヌーンティーを一緒にすごすとおっしゃっていたから、……その、お菓子を、つくりたくて」
伯爵家にいたときは、料理は私の仕事だった。
安価な材料で、弟妹たちのお腹を満たす献立を、毎日考えていた。
ときどき、焼き菓子もつくった。
レーヴェ様が喜んでくださるかどうかはわからないけれど、お仕事を頑張っているレーヴェ様を、お菓子とお茶でもてなしてさしあげたかった。
侍女は、私を調理場へと案内してくれた。
まだ昼食が終わって少ししか時間がたっていないせいか、調理場には誰も居ない。
「料理をしても良いかしら」
一応尋ねてみるけれど、侍女からの返事は無い。
お話はできないのだ、紙人形だから。
私は沈黙を了承だと判断して、立派な調理場をぐるりと見渡した。
沢山の食材が、保存されている。
冷蔵保存庫をあけてみると、果物もあるし、生クリームもある。
バターもあれば、小麦粉もある。
なんでもつくれそうだ。
「うん。よし!」
レーヴェ様は、何が好きかしら。
好きな人の好きなお菓子を考えるだけで、胸がときめいて、心が弾んだ。
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